第100話 海崎氏の依頼

 小坂部おさかべさんの話だと笠谷というのは若い馬主うまぬしで、最近金にあかせて次々と馬を買いまくっているのだそうだ。また馬を経済家畜としかみなしていなくて、シェアトのような引退競走馬牧場に強い嫌悪感や憎悪を抱いているのだという。


 ここからは小坂部おさかべさんの推測だが、自身の主義に反し、農場として成功しつつあって、優秀なスタッフも多いシェアトに魅力を感じ乗っ取りを企てたのではないか。僕もこれにはおおむね同意だった。


 警察が彼ら八人のほとんどを乗せたのを僕たちは眺めていた。川東がパトカーに乗せられるとき僕と空さんをにらんできたので、僕たちもあらん限りの眼力を込めてにらみ返してやった。


 海崎さんが一息ついた顔になる。


「まあこれで一見落着だな。あのごろつきは放火や放火未遂、傷害未遂、強要と言ったものか。笠谷の方はその教唆きょうさといったところだな。あ、あと顧客情報の漏洩もやらせていたか」


「はい。今回はいろいろありがとうございました。情報だけでなくいぬいまで貸していただいて本当に助かりました」


 そう答えるムネさんに海崎さんはにやっと笑った。


いぬいは役に立ったろう。なあに笠谷はちんけなど阿呆な割に鼻っぱしだけは高くていけ好かねえ若造だったのよ。だからその鼻を叩き折ってやりたくて仕方なかったんだわ。このネタを流してきたのは深山みやまだからな。やつにもよく礼を言っとけ」


「はっ」


 ここで海崎さんの表情がすっと変わる。能面のようになる。


「だがな、俺がこんなとこまではるばる来たのにゃ訳がある、ちょっと耳を貸せ」


「はいっ」


 海崎さんはムネさんを僕たちから遠ざけるようにして背を向け何か耳打ちをした。途端にその身体が硬直するムネさん。そして一瞬、ほんの一瞬だけ空さんの方に視線を向ける。


「いいか、しっかり頼んだぞ」


 表情を押し殺したかのような顔の海崎さんと、ショックで言葉が出ないムネさん。僕にはそんな風に見えた。


「じゃな、あばよ」


 海崎さんはおぼつかない足取りで広場に停まっている高級車に乗り込むと、車はでこぼこの道を大きく揺れながらシェアトから去っていく。


 僕たちはそれを無言で見送っていた。



【次回】

第101話 流星と笑い声

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