第97話 懇願する空、諭す比嘉

 いぬいさんは感情のない眼で僕を見つめ、その隣の大城おおきさんは微妙な苦笑いを浮かべていた。そしてどこか悲しそうな顔の比嘉ひがさんは僕の元へとゆっくり歩みを進めていった。


 川東を絞め殺さんばかりの力でえりをねじ上げる。


「んぐー!」


「やめて! やめてもうやめて!」


 僕の背中に空さんがしがみ付いて来た。


「邪魔しないで下さい。今取り込み中です」


「だめだめだめだめ、もう取り込まないでここでおしまいにしよ? ね?」


「だめです。こいつは空さんを執拗に殴り倒して口にするのもはばかられる『遊び』の対象にしようとしたんです。何回殺しても足りません」


「うん。理由は分かった。ひどいことだね」


「分かっていただけましたか。では早速こいつの四肢を」


「やっやっやめろーっ! やめてくれえっ! 悪かった! 俺が悪かった! だからもう勘弁してくれよおっ!」


「でもね……」


「はい……?」


「私からのお願いならきいてくれる?」


「えっ? だってこいつは空さんを」


「うん、でもちゃんと警察に引き渡そ」


「……」


「ね、お願い私ひろ君に本当の罪人つみびとになって欲しくないの。分かるよね」


「……」


「んぐぐぐぐう、頼むぅ、もう勘弁してくれよぉ。ギブギブギブギブ」


簑島みのしまさん」


 比嘉ひがさんが声をかけてきた。


比嘉ひが……さん?」


「彼女の言うように、もう許してやってくれないか」


?」


「そうだ、簑島みのしまさん。人を許すのもその人の度量のうちだよ。彼らは正しく法にのっとって裁いてやろう」


「でもそんなことでは……」


「それと……」


 比嘉ひがさんはしばし逡巡しゅんじゅんしたのち伏し目がちに口を開いた。


「自分のことも許してやろうじゃないか」


「!」


 僕と空さんは絶句した。今の僕たちの苦悩の核心がそこにあると思ったからだ。


「自分を許せない人は他人を許すことも難しい。自分を許すことはもちろん簡単なことではないよ。他人を許すことより遥かに難しい。私のように自分を許せるようになることが生涯の目標である者だっている。でも君たちは違う。その眼を見れば分かる。君たちはもう充分に苦しんだ。そうだろう? きっと君たちが傷つけてしまった人々も君たちのことはとうに許しているんじゃないかな」


 僕たちは言葉が出なかった。なんということだ、比嘉ひがさんは僕たちについてこれほどまで深い洞察をしていたというのか。


「でも、どうして……」


「いや、しゃべりすぎしまったな。ということで、こいつはもう許してやってくれ。私に免じてね」


 結局川東は駐在さんが応援に呼んだ警察官に引き渡された。警察に捕まった連中が腰縄で結ばれ、とぼとぼと歩いてパトカーに乗せられていく様を眺めながら空さんが僕に肩を貸してくれた。僕は空さんの肩をしっかりと掴んだ。



【次回】

第98話 大馬主うまぬし海崎氏

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