第96話 裕樹暴走

「前々から気に入らなかったんだてめえ。くにゃくにゃして男らしくねえ」


 「男らしくない」。よく言われた言葉だ。これはもう性格だから仕方がない。男性性がないとでも言うのだろうか。これが柔道を続けた一番の原動力だったかもしれない。姉を守れなかったのは僕が「男らしくなかった」からだろうか。そんな僕だけど、せめて今は誰か一人でいい、守れるだけの力が欲しい。誰よりも大切な人一人くらいは。そして今、僕の背後には空さんが、目の前には川東がいる。僕の目が闇夜で光る。こいつだけは許しておくわけにはいかない。


「空さんに何をするつもりだったんですか」


「は?」


「どんな『遊び』をするつもりだったんですかと聞いているんです」


「この野郎…… なめた口ききやがって」


「まさかみんなで楽しく缶蹴りでもするっていうんじゃないですよね」


 周りの人々には周囲の空気が急速に冷却され硬質化していくのが分かった。いぬいさん比嘉ひがさん大城おおきさんも緊張した面持ちで僕と川東を眺める。


「けっ、知るかっ」


「無責任なことを言うなっ答えろ川東ッ! 自分で言ったことだぞッ!」


 今まで誰も聞いたことの無い僕の大音声に周り全ての人が、消火活動をしている人から川東本人までぎょっとした顔になった。まさか僕がこれほどの怒りを発するとはだれも思わなかったのだろう。ここにいるのは温厚で人が良くて優しい簑島みのしまでもセンパイでもひろ君でもなかった。


「女は殴れば誰でも『素直に』なっていうことを聞く。そうも言ったな」


「それがなんだってんだよ」


「空さんもそうするつもりだったのか。そうしてどうするつもりだったんだ」


「てめえにゃ関係ねえわ!」


「関係ある」


 僕の冷たい言葉に周りの人々は背筋が凍った。


「あ?」


 僕は川東の前へと歩みを進める。川東はこれまでと一転し僕の気迫に気圧されじりじりと後ずさった。


「今まで何人の女性を殴ってそのおぞましい『遊び』の犠牲にしてきた? なあ、空さんは一体何人目の犠牲者になる予定だったんだ」


「おい来るな、こっち来るなよっ。そんなの知るか知るわけねえだろいちいち数えてるわきゃねえだろうがよっ、こっちくんじゃねえっ」


「じゃ、『数えきれないほど』ってわけだ」


「うるせえっ! てめえにゃかんけえねえだろクソがっ、簑島みのしまのクセしやがって! てめえなんなんだ!」


「さっきから関係あるって言ってる。空さんに何をするつもりだったか答えを聞いていない」


「うるせえっ! てめえぜってえシメてやるっ!」


 とびかかって来た川東は僕の払い腰であっけなく地べたに転がされる。えりを締め上げると苦しそうな顔でじたばたする川東。


「何するつもりだったんだ? え?」


「ぐぐぐぐ……」


「言えよ…… 言わなきゃ両手両脚の関節全部抜く」


「ぐっ!」


 後ろで空さんが大きく息を呑む声が聞こえた。


「本気だ。今ここで証明してみせようか。左右手脚どっちからがいい、選ばせてやるよ」


 初めて川東の目に怯えの色が浮かぶ。


「わ、分かったよ、悪かった悪かった。おめえの女に手えだして悪かったよ。だからよ、これで手打ちにしねえか? な? 勘弁してくれよ」


「僕の……女?」


「ああそうだよ違うのかよ?」


 僕は一瞬で血が上った。


 僕の? 僕のなんだというんだ? 空さんは僕の所有物でも専有物でもない。それは誰にも支配されない一個の独立した人格だ。それをまるで子供がおもちゃを奪い合うよりもひどい扱いをした挙句、僕の「物」だと? こんな風に女性を所有物と考える男がいるから! 僕はさらに力を入れて川東を締め上げる。


「ぐぐぐっ」


「空さんは空さん自身のものだ、僕のものでも誰のものでもないっ!」




【次回】

第97話 懇願する空、諭す比嘉

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