第17章 空の覚悟

第89話 侵入者

 退院してから二日目。まだ僕の身体はあちこち包帯でぐるぐる巻きだったが、それでも仕事はいつも通りになった。


 勤勉とかそういうのではない、何かをしていないと空さんの事を思い出してしまうからだ。僕が空さんを拒絶したときのあの怯えたような眼は今でも鮮明に覚えている。

 

 夜の見回りを終えた僕と原沢はそれぞれのかんに戻ろうとしていた。


 あの夜以来、それでも空さんは強引に付き添いを続けた。僕は空さんの言葉に常に無言で返したが、それでも空さんは努めて明るく僕に声をかける。シェアトに復帰すると、空さんの方から気さくに話しかけてきてもなんのかんのと理由をつけて僕はそれを拒み避けた。その度に苦しそうな表情をを浮かべる空さんだった。


 一方の原沢はその様子を見てすっかり喜び、今まで以上に僕になついてきた。これも僕にはうっとうしいことだった。僕には原沢の好意を受け取る資格もない。


「じゃあな、原沢。何度も言うけどいちいち僕の見回りにつきまとうんじゃない」


「やだよー。せっかくセンパイとふたりっきりの時間なんすから」


「ふたりっきりになる必要性は微塵もない」


「んふふ~」


 原沢が変な顔と声で僕の腕にしがみつこうとする。僕は一歩身を引いた。すると足元に妙な違和感がある。


 足元を見るとそれはすっかり短くなったスカイブルーのクレパスだった。空色の短いクレパスは僕に踏みつけられたせいで真っ二つに折れていた。


「なんすかそれ?」


「……空さんのクレパスだ」


「クレパス? あいつの? なんでこんなとこに?」


「わからない……」


 僕はなぜだか言い知れぬ不安感に襲われる。空さんに何かあったのだろうか。でなければこんなところに1本だけクレパスを落としていくわけなんてない。何かが、どこかで何かが起きている。


 すると背後から大城おおきさんのささやき声がして僕たちはビクッとする。


「おい」


「えっ」


「ひっ」


 大城おおきさんのカンテラがまぶしくてその表情はよく分からない。だが声には深刻な響きがあった。


「なんだかよくわからんが侵入者だ」


「侵入者!」


「マジすか!」


「しかし何のために? 馬泥棒なんて今どきないでしょうし……」


「しいっ、三人は確認した。やつらを先導しているのは西岡と川東のようだ」


「何ですって」


「こないだだってあたしのお尻鷲掴みにしやがって、あいつらサイテー」


「そこでだ、原沢は今すぐ本館へ行ってこのことを知らせろ。ムネさんたちを叩き起こしてこい」


「はいっす」


 原沢は踵を返すと本館へ一目散に駆けていった」


「俺と裕樹ひろきは連中を追う。目的が何かを突き止め、出来れば阻止そしする」


「でもできるんでしょうか」


「任せろ。ボクシングの社会人大会優勝経験者だ。甘く見るな」


 それでも大城おおきさんの顔は緊張感でいっぱいだった。その大城おおきさんは僕に何か言いたそうな顔をしたが顔をそむけた。


「さて、賊の奴らが身を隠すとしたらどこにする?」


「道具室裏の廃倉庫ですね」


「正解だ。行くぞ」


「はい」




【次回】

第90話 深紅のクレパス

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