第90話 深紅のクレパス

 廃倉庫に向かう途中で、僕のカンテラが不吉なものを照らし出す。僕の足元に真っ赤なクレパスが踏みつけられ砕かれているのを見つけた。まるで血のようだった。僕は鳥肌が立った。


大城おおきさん」


 僕の足元を見た大城おおきさんも絶句した。間違いない。空さんは何かトラブルに巻き込まれた。クレパスを踏みつけた足跡は男物のごつくて大きい作業靴だった。誰だ。いや間違いない。西岡と川東に違いない。僕の心拍数は急速に上昇し足取りも早まる。大城さんも僕と並んで無言で廃倉庫へと向かった。

 廃倉庫の割れ窓から中を覗いてみると、暗がりの中確かに四~五人の男たちがいる。いずれも屈強で喧嘩慣れしてそうだ。


 だがそこにいてはいけない人物を僕らは見つけてしまった。


「よお、空ちゃん。こないだはずいぶんと舐めた真似してくれたな? オレ傷ついちゃったよー」


 ふざけた声は川東のものだ。その後ろで腕を組みながらにやついているのはきっと西岡だろう。そのほか2~3人の男がいるが暗くてよくわからない。


「オレたちこれからちょっくら忙しくなるから、空ちゃんと遊ぶのはこの後にしような。な? 楽しみだろ?」


「誰がっ」


 空さんは川東を平手打ちした、が空さんの細い手首は川東の手で難なくつかまれてしまう。空さんはそれにもめげずに今度は逆の手で平手打ちしようとしたがこれもあっさりと掴まれ、非力な空さんの両手は逞しい川東の左手一本でがっちり拘束されてしまった。


「くっ」


「なあ空ちゃん。イケてる男の女あしらい術って知ってる?」


 川東が不穏な声を響かせる。


「二~三発、どんな聞き分けの悪りい女だって十五発でもぶっとばしゃ、みいんな自分の立場をわきまえてなんでも聞いてくれるようになんのよ」


 下卑げびた笑みを浮かべる川東。


「そうよ、どおんなことだってな。ま、これから空ちゃんも自分の身体でそれを試してみんだけどさ。なあ、ますます楽しみになってきたろ」


 空さんは憎悪の目で川東をにらむ。ギラギラした視線同士が交錯する。


 僕はもう我慢ならなかった。怒りが沸点を超えた。僕は何も考えずに廃倉庫の入り口に向かって走り出す。


「おいまてっ! 原沢が応援を呼ぶまで待つんだっ」


 僕は何も言わずに倉庫に飛び込んだ。


 連中は驚いて僕の方を見たが僕一人しかいないのを見ると肩の力を抜いた。


「よお、騎士ナイト役ご苦労さん。それともストーカーか? ヘタレの簑島みのしまよお」


「ひろ君っ! ひろ君だめ逃げてっ! 私なんてどうなってもいいからっ!」


 必死になって僕を止めようとする空さんの声。


「いやいや、そういうわけにはいきませんよ」


 僕は軽口を叩いたつもりだったが、声は上ずっていて失敗したようだ。




【次回】

第91話 意外な援軍

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る