第88話 裕樹の告白。罪に穢れた男

 僕は空さんから目を背けた。


「ですからもう僕のそばになんかにいないでください」


 空さんは心底驚いた顔をした。


「えっ! どうしてっ?」


「今言った通り、僕が姉を死なせたからです。けがれた罪人つみびとは空さんには相応ふさわしくない」


「ひろ君一体何を言ってるの……」


「聞いての通りのことをです」


「まって、それはだめ。そんなことを考えちゃだめ」


「どうしてですか。当然の考えだと思いますが」


「それじゃまるで……」


 空さんはきっと僕をにらむ。一呼吸あけて強い口調を僕にぶつけてくる。


「私と同じじゃないっ!」


 僕はビクッと震える。


「あなた言ったわよね。私に罪はないって。罪科つみとがのかけらもないって。私、その言葉をそっくりそのままお返しするから」


 僕はうつろな眼で立ち上がり、くずかごに空き缶を放りこむとすたすたと病室へ帰る。


「待って、お願い話を聞いて」


 空さんが追いすがる。


「もう話すことは無いです。さっき話したことで僕ははっきり思い出しました。僕は家族一人救えなかった罪人つみびとだということを」


「そんなことないっ。そんなことない……」


 猫背で病室のベッドに向かった僕は横になり、哀れなほどうろたえる空さんに向かって言った。


「付き添いはもうこれっきりにして下さい。空さんに迷惑をかけるし悪いうわさも立つでしょうから」


「うわさなんてそんなの私どうだっていいのっ。私っ、私っ」


「おやすみなさい」


「ひろ君ねえ聞いてっ」


 僕は空さんに背を向けて横に寝る。


「ひろ君は私と同じになっちゃだめ。私と同じ生き方をしちゃだめ。自分を卑下しちゃだめ。ひろ君は私の命を救い、私の生き方を変えてくれたんだもの。それだけのものを持っているの。だから私…… 私……っ」


 僕は沈黙で答えた。


「だから私っ、必ずあなたを連れ戻して見せるっ、絶対に、絶対に陽の当たる場所へ連れて行くんだからっ」


 そんなことできるもんか。それはむしろ決してあってはならない事のように思えた。


 背後からはずっと空さんの苦し気な吐息が朝まで聞こえていた。その間僕はずっと自分の罪と向き合って、やはり空さんのそばにいるべきではないとの決意を新たにした。僕のような罪人つみびとは空さんには相応ふさわしくない。たとえどんなに想っていたとしても。


 僕の心にはあたかも極寒の吹雪が吹き荒れていた。この吹雪は決して晴れない、晴れてはいけないものだった。冷たい涙が一粒零れた。




【次回】

第89話 侵入者

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