第87話 裕樹の告白。似た者同士
「よくないっ、よくありませんっ。あの時僕が自分の部屋に行って姉さんから目を離さなければ、あんなっ、あんなことにはっ」
「そんなことないっ。ひろ君私の時にも言ってたじゃないっ。悪いのは病気で私じゃないって。それは結果論に過ぎないって」
「でも、でもっ、僕があんなことをしなければ、今頃姉さんはまだ生きてっ…… 病気だって治って……っ」
「それは考えちゃだめっ、そんなことを考えてもお姉さんは甦らないのっ、慶が還らないのと同じようにっ」
「あああっ!」
僕は空さんの手を取り泣いた。みっともないほど泣いた。熱い涙の雨が空さんの手の甲に降り注いだ。思えば悪夢にうなされた時以外に姉さんのことで泣いたのは、空さんに会って以来初めてのことだったろう。
「ひろ君も辛かったのね…… ごめんね、そんなひろ君に私たくさん背負わせてしまったのね」
僕は背中が折れるほどうつむきながら鼻声で続けた。
「その日……」
「もういいから、いいのひろ君」
空さんの声は必死だったが僕は淡々と続けた。
「……警察、消防、葬儀屋、マンション管理会社などとのやり取りに両親は奔走する一方で僕はいつまでも一人でリビングに佇んでいました。気が付くともう夕暮れでした。こんな春のうららかな陽気なのに、こんなひどい事が起きるなんて。なんだか悪い夢を見ているようでした。ふと足元に一枚の紙が落ちているのを見つけました。それを手に取るとそこには姉の字の走り書きで『お父さんお母さんだめな子でごめんなさい。ひろ君はこんなだめな大人にならないで強くなってね。みんなありがとう。今まで本当にありがとう。ごめんなさい、ごめんなさい』と書いてありました。それまでずっと茫然としていた僕は初めて泣きました。朝まで泣きました。悔しくて悔しくて仕方なくて涙が止まりませんでした。姉は…… 姉はこんな下らないことで死んでいい人間じゃなかった……」
「うん、うん、辛かったね。辛かったのねひろ君」
ほとんど泣き声に近い空さんの慰めの言葉が僕の心に沁みる。
「初めて空さんを見た時、僕はすぐ判りました。あれは姉と同じく死にたい人の目だと……」
鼻声の僕は空さんに向かって言った。
「だから、シエロと一緒に私を止めてくれたのね。ありがとう」
「僕には姉を救う力はありませんでしたが、そんな僕でも空さんを救えたのはよかったです」
「それはきっとお姉さんが見守ってくれたからよ」
「そうでしょうか」
「そうよ。きっとそう。本当にありがとう」
空さんは僕の手を握りしめながら瞳を潤ませ俯き加減で言う。
「私たちやっぱり似た者同士だったのね」
「……はい」
「ひろ君はお姉さんを、私は慶という大切な人を失って、それを罪に思い悩み苦しんでいた」
「……はい」
【次回】
第88話 裕樹の告白。罪に穢された男
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