第85話 裕樹の告白。悪夢の始まり

 僕は思った。そうか、今回は空さんが慶さんについて告白した時と逆という訳か。僕の表情は引きつった。どうなんだろう。僕はこのことを空さんに話したいんだろうか。正直気が進まなかった。これは僕の問題だ。僕の個人的な領域だ。空さんには関係ない。


「あまりお話したくはありません……」


「でも私知りたい」


 空さんは僕のベッドの隣の簡易寝台に横になる。お互い身体を横に寝そべらせて空さんの目は真正面から僕の目を見た。


「ひろ君の苦しみを知りたいの。そして共有したい…… あなたの苦しみを私の中に取り込んで分かち合いたいの」


 暗がりの中、薄明りに反射して光る眼にじっと見つめられる。


「私、ひろ君に慶のことを話してとても救われた。でもそれは結果としてひろ君に私の重荷の一部を背負わせてしまったんだと思う。だから、今度は私にひろ君の重荷のほんの少しでいいから背負わせて欲しいの。今までいっぱい迷惑をかけた償いとしても」


 僕は空さんの熱意に折れた。


 空さんも僕にその苦悩の根幹について告白したのであれば、僕もそれに応えるべきだ。そう思った。


「そうですか。判りました。ついてきて下さい」


 僕はまだだいぶ痛む身体をおしてベッドから起き上がる。空さんも後に続く。僕たちは診療所を出た出入り口にあるベンチに腰掛ける。空さんがベンチ横の自販機で缶コーヒーを買ってくれた。虫が群がる弱々しい輝きの常夜灯や誘蛾灯ゆうがとうと月明かりに照らされ、世界の輪郭が青白くおぼろげに浮かび上がっている。僕も空さんのその表情は青白い。


 僕は缶を開けて苦いコーヒーを少し飲み、口を湿らすと話し始めた。


「確かに僕の姉は空さんにとてもよく似ていました」


 僕の隣の空さんは青白い光に照らされて黙ったままだ。


「姉はもし生きていたら二十九。僕の五つ上でした。美人で優しく気立てもよく、とても気のつく人で欠点のひとつも見当たらないようなそんな自慢の姉でした」


 姉との懐かしい思い出が思い浮かぶ。今ではその優しく穏やかな思い出すらも、ただひたすらに悲しく苦しく切ない。


「僕が高校二年生になると姉はいわゆる一流大学をいい成績で卒業して就職をしました」


 そうだ、ここからが悪夢の始まりだった。



【次回】

第86話 裕樹の告白。惨劇

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