第84話 裕樹の告白。姉の面影

 沼屋先生の見立てだとあと二日三日は入院して回復具合を見ようということだった。空さんが付き添いを申し出たので、僕はそんなものは不要だと断ろうとする。しかし空さんの意志は固く、僕は押し切られる形で空さんの付き添いを認めざるを得なかった。沼屋先生も少し困ったような笑みを浮かべながらも許可してくれた。


 その夜、僕はまた夢を見た。


 真っ暗な空中で薄明かりを浴びシエロにまたがって走る空さんの後ろでやはりスカイに跨って走る僕。


 僕たちはほとんど真っ暗な空間を飛ぶうちに光の点を目指して走る。僕はどうやっても空さんとシエロに追いつけない。さすが牝馬ひんば三冠馬だ。そうこうするうち光の点がみるみる大きくなっていく。ついに点だった光は大きな穴となり、そこから僕たちは外に飛び出た。光の世界に飛び込んだ僕は閃光を浴びて意識を失った。


 その時僕の顔に何かの感触を受けた。指などのそれではない。もっと柔らかい何か。気が付くと僕は病院のベッドに寝ていた。僕の顔に触れるほど近い距離で真上から見下ろす影があった。空さんだった。どうしてこんなところで。そして僕はなぜ病院に。僕の記憶はまた一時的に混乱していた。


「ひろ君?」


 記憶の糸をゆっくりと手繰たぐりり寄せる。そうだ、僕は空さんをかばってがれきの下敷きになったんだ。空さんはじっとこっちを見ていた。僕の目をしっかりと見据える。そうだ、忘れてはいけない、忘れるわけにはいかない、忘れても間違ってもいけない。空さんのこの顔だけは、この瞳だけは。決して。


「ひろ君」


「空さん」


「どうかしたの?」


「ええ、また少し記憶が。でも今はもう大丈夫です」


「そう、良かった」


 心底安堵あんどしたような声を出す空さんは僕のベッドの隣に置かれた簡易寝台に腰を下ろす。


「あの、僕が……」


「なあに?」


「え、ええ、僕が意識を失っている時、僕は暗闇の世界に一人でいました。そこで光り輝く人に突き飛ばされ、僕は地上に落とされたんです。その後さっき見た夢で僕は空さんとシエロに導かれてこの世界に戻ってくることができました」


「そうなんだ」


 空さんはしばらく黙った。何か言いたそうだった。僕も黙っていた。


「あの、私ってひろ君のお姉さまと似てたの?」


 僕は言葉を失う。シェアトの誰にも隠し通してきたのに、空さんはなぜそのことを。


「もしかしたら今日私のことをお姉さまと間違えていたのかと思ってそれで……」



【次回】

第85話 裕樹の告白。悪夢の始まり

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