第80話 記憶

 僕がゆっくり目を覚ますと、そこに映っていたのはそっけない病院の天井と、僕の顔をのぞき込む心配顔でいっぱいな25~26歳くらいに見える女性の顔だった。セミロングで薄汚れたカットソーを着ているその人は、寝ている僕の胸に勢いよく抱きつくと半泣きの震え声で「よかった…… よかった……」と繰り返すばかりだった。そしてナースコールを押す。すぐに何人かの看護師が来て僕の血圧を測ったり色々訊いてきたりする。その中の年長者らしい小太りの看護師がこの女性に「あなたも良かったねえ」と言うと、彼女も涙を指で拭いながら「……はい。ありがとうございます」と答えたのだった。


 検査や問診が終わると僕は自分の身体をしげしげとみる。身体中ほとんど全ての場所に包帯が巻かれていて痛くてしかたがない。どうしてこんなことになったんだろう。


大城おおきさんといぬいさんがあなたの上に崩れ落ちた廃材を取り除いてくれたの。そしていぬいさんがAEDを使ってくれて私たちをいぬいさんのツエルトに収容してシェアトに応援要請に行ったんですって。あなたってば、崩れた材木が折り重なった隙間にすっぽり収まって最悪の事態を逃れていたそうよ」


 崩れた材木? 僕はゆっくりそのことを思い出した。そうか、何本もの柱やはりが倒れてきて僕は。


「ねえ、いぬいさんすごく手際が良くて私も大城おおきさんもびっくりしちゃった。『能ある鷹は爪を隠す』ってあの事じゃないかしら」


 あの仕事の出来ないいぬいさんがねえ…… と僕はぼんやりと思った。


 確かにおぼろげな記憶では大量の廃材が僕にのしかかってきたのを覚えている。でもなんで?


「私、また命を救ってもらったのね」


 僕より少し年上に見えるセミロングの女性は、神妙な面持ちで顔を少し赤くする。僕が? 彼女の? 命を救った? どういうことだ。


「いつも本当にありがとう。でも今回みたいなことはもうやめてね。ひろ君」


 ひろ君? 僕は裕樹ひろきだ。ひろ君じゃない。僕のことをひろ君だなんて呼んでくれる人はたった1人しかいない。ではこの女性は一体誰だ。


 僕の中で得体のしれない疑問がわく。その僕の疑念に気づいたのか彼女も不安そうな表情を浮かべた。


「ひろ君……?」



【次回】

第81話 充足感

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る