第16章 空と姉

第79話 漆黒の夢

 永遠のような時間が流れた気がする。僕はシェアトの放牧場によく似た、でもずっと広いゆるやかな丘陵のある草原にいた。月も出ておらず満天の星しか見えない夜天。なのに薄ぼんやりと周りの風景は判る。背後にはまっすぐに伸びた巨樹があった。僕はそこをずっと歩いた。しかし歩けど歩けど景色は全く変わらない。どういうことだ。


 目の前に小高い丘が広がる。僕はそこを目指して歩く。小さな点のような光が見えてきた。そこに何かあるかも知れない。僕は不安と一抹の希望を胸にそこまで走った。


 ついに丘の上にまで辿り着いた僕はそこに淡い光の塊を見つけた。僕より少し低い高さのそれは女性のようにも見える。だが誰だろう。僕はこの人を幼いころからよく知っているはずなのに、それが誰だか全く思い出せない。それでも懐かしさと愛おしさと胸が張り裂けそうな悲しさを覚える。


 その輝く人影は身振り手振りで何かを言っているようだ。黒い口がぱくぱくと動いている。だが全く聞き取れない。


 淡い輝きに包まれた彼女は僕の胸に手を当てる。そして僕はそっと優しい力で突き飛ばされた。僕の背後にあった草原は巨大で深いクレバスに姿を変えていた。僕は声にならない叫び声をあげて深く深く落下していった。


 落下しながら次第に様々な声が聞こえて来た。


簑島みのしまっ! 簑島みのしまぁっ!」


 スタッフたちの声がする。


「センパイっ! センパイってばあっ!」


 こいつは原沢だな。僕は苦笑いをした。


裕樹ひろき! おい裕樹ひろき大丈夫か! 目を覚ませ!」


 ムネさんの声も聞こえる。ムネさんにはご迷惑をおかけしました。他にも小坂部おさかべさんや比嘉ひがさん、伊田さん、いぬいさん、おかみさんに阿相あそうさんたちの声も聞こえる。僕はこれだけたくさんの人とつながって生きていたことに改めて気づかされた。みんな今までありがとう。


 でもごめんなさい。僕はもうだめだ。あれだけの木材に押し潰されたんだから。


「ひろ君! ひろ君起きて! お願いひろ君! ひろ君!」


 空さんの声だった。それを聞いて僕の気持ちは突然変わった。だめだ、僕はこんなところで死ぬわけにはいかない。空さんの目の前で死ぬような真似はできない、慶さんのように。


 だって約束したんだ。僕は絶対に死なないって。空さんが自死に至らない限り僕は絶対に死なないって。ああ神様どうか僕を生かして下さいお願いします。


 その思いも空しく、僕は真っ暗闇の中落下速度を上げまた意識を失った。



【次回】

第80話 記憶

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る