第78話 空の約束

 空さんの表情は恐怖に満ちていた。ゆっくりと首を振る。


「いや…… いや……」


「ああ、空さんが言ってた『これで死ねる』ってこんな感じなんですね。どこも痛くないんです。なんだかふわあっと幸せな気分なんです」


「やだ……いや……死なないで。死なないでひろ君、死んじゃいや……」


 空さんの眼に涙が浮かぶ。


「そんな、ずるいですよ…… 空さんだけ。僕は、僕…… 僕だって、本当は……」


 その時僕はひらめいた。


「そうだ。や、く束してくれません、か。空さんはもう自分、から死、なないって。そした、ら僕、っも、死にませんっ……」


 空さんは眼を見開いて必死の形相で叫ぶ。


「もう言わないっ、もう言わないからっ、私自分から死ぬなんてもう言わないからっ! 自殺なんてもう絶対にしないっ! だから死なないでひろ君っ! 死んじゃいやっ! お願いっ!」


「……それを聞けて、良かった」


 僕は安どした。


 その時だった。さらに一層激しい突風が古ぼけた廃寺はいじを襲う。ダウンバーストは一瞬で廃寺はいじを完全にがれきの塊に変え、それが次々に僕の上に降り注いだ。


「ひろ君っ! ひろ君ひろ君ひろ君っ!」


 空さんの叫び声を耳にしながら、まあこういう最後なら身に余る光栄だなとも思った。こうして姉の死の償いをして、最期は好きな人のために身を投げ出すなんてどうだろう。決して悪くない終わり方だ。


 「好きな人」だって? 僕は驚いた。好きな人って誰のことだ?


 そう思った瞬間倒れてきた柱が僕の後頭部を直撃し僕の頭の中は真っ暗になった。


「いやーっ!」


 空さんの叫びがどこか遠くからかすかに聞こえたような気がした。



【次回】

第79話 漆黒の夢

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