第77話 身体を投げ出す裕樹

「そう、あなたが私の自殺を手伝ってくれるのね」


 空さんのこんな冷たい声は初めて聞いた。この声は大城おおきさんをたじろがせるには充分だった。


「このままだったら、ひろ君の言う通り私悪化して凍えて死ぬ…… もっとも願ったり叶ったりなんだけど……」


「なんだって? どういうことだ空」


「やめて下さい! もう死ぬなんて言わないでください!」


大城おおき


 濡れ縁から意外な声が聞こえ僕たち三人はそちらを見て硬直した。それは派手なポンチョを被ったいぬいさんだった。


「……」


「つまらぬプライドで空を死に至らしめるか」


「なに……」


「まあ、それもよし。もちろん責任はきちんととれよ」


 その言葉は僕にも空さんにも突き刺さる。思わず顔を伏せる僕たち。


「ここは簑島みのしまに任せるのが得策だ。もっとも本心では見下している男の言う事を聞くほどの度量がお前にあればの話だがな」


「なにい……」


 歯噛はがみする大城おおきさんとにらみ合う、無表情な中にもどこか余裕の笑みを浮かべているいぬいさん。今のいぬいさんには何と言うか独特の迫力みたいなものを感じた。


 その時突然激しい風が廃寺はいじを襲う。廃寺はいじの中央までも強い風が流れ込み脆弱ぜいじゃくなツエルトを揺らす。蛍光オレンジの布がバタバタと音を立ててはためく。大城おおきさんに抱きかかえられた空さん恐怖に引きつった表情で僕に視線を向ける。


「なんだこれは」


「なに?」


「分かりません」


「気をつけろ、来るぞ」


 いぬいさんがそういうや否や突如どおおおんっ、と轟音が響き渡り廃寺はいじの柱の一本一本がきしみうなるる。屋根瓦が粉砕され飛び散る音が聞こえる。風と雨が逆巻きうめきき声をあげ室内に流れ込むと、僕たちのかたわらのやわなツエルトは一瞬で吹き飛んだ。大城おおきさんはきしむ天井や柱にばかり眼が行っていてどこかおびえた表情だ。


「ひろ君!」


「大丈夫! 大丈夫ですから!」


 大城おおきさんの腕の中で僕に向かって両腕を伸ばす空さんをなだめる僕の声も恐怖で震えていた。


 どおおおおんっと、さっきよりさらに重たい音が響き渡ると、一瞬で材木が折れ、枠組みが外れ、破れ、割れながら落下する音が一斉に聞こえる。


 その時大城おおきさんはあろうことかその両腕で自分の頭をかばい、二,三歩後ずさった。大城おおきさんの両腕から落下する空さん。僕は引ったくるようにして空さんを抱き抱え、その上にまたがり覆い被さった。僕の上に大量の材木が降り注ぐ。瓦が、天井板が、柱が、はりが。僕は激痛に顔をゆがめる。空さんが叫ぶ。それでも僕は踏ん張って空さんの上に材木が降り注がないように手を突いてこらえた。


「ひろ君っ、ひろ君!」


 ひどく動揺した表情の空さん。僕の上に降り注いだ材木を取り除こうと手を差し伸べる。


「やめてください空さん。崩れて共倒れになります。僕が今ここでこうしている意味がなくなっちゃうじゃないですか……」


 無理して笑顔を浮かべる僕の後頭部に生暖かいものを感じる。それは僕の顎まで流れてきて空さんの顔にしたたり落ちる。その滴は赤かった。



【次回】

第78話 空の約束

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る