第76話 大城の我執

 大城おおきさんの声だ。空さんが不安そうな表情で僕を見る。僕は空さんを安心させるように肩を叩いてツエルトを出る。


「こっちです。こっちに空さんがいます」


 派手なオレンジ色をしたツエルトの脇に立って大城おおきさんを呼ぶ。ポンチョを着てずぶ濡れの大城おおきさんが大股でやってくる。


「空はこの中か」


 不機嫌そうな顔で、命令口調だ。


「はい、復温措置をして安静にしています」


「そうか」


大城おおきさん、お願いします。他の捜索隊の人と連絡を取ってこのことを伝えてもらえませんか」


 大城おおきさん僕の言葉を完全に無視し、びしょ濡れのポンチョのままツエルトの中に潜り込む。


「ちょっ、大城おおきさんっ、濡れたまま入らないでくださいっ。空さんが濡れますっ」


 大城おおきさんは僕の言葉を聞こえなかったかのように無視して大きな身体をツエルトに無理矢理押し込み、大きな声で空さんに声をかける。


「空! 空大丈夫か!」


「……え、ええ、まあ」


 ツエルトの向こうから聞こえる空さんの声は弱々しい。


「具合悪いところは無いか?」


「大丈夫。ひろ君のおかげでだいぶ温かくなってきた、から……」


「よし! 今からシェアトに帰ろう! 行くぞ」


 僕は驚いて思わず大声を出した。


「無理です! 空さんはまだ充分に体温が戻ってきていません!」


 大城おおきさんはツエルトの中で何やらごそごそやっている。空さんから力ない抗議の声が聞こえる。


「やめてっ」


「何やってるんですか大城おおきさんっ!」


 大城おおきさんは寝袋から空さんを引きずり出し、抱きかかえてツエルトから出る。カイロがバラバラと落下する。


 空さんの姿を見た大城おおきさんの表情が硬い。


裕樹ひろき。空を着替えさせたのか」


「はい」


「全部か」


 こんな時にこの人は何を言っているんだ。僕は怒りと呆れの眼で大城おおきさんを見返す。


「そうです。非常事態、緊急避難措置ですから。空さんの了承も得てます」


「貴様っ」


 大城おおきさんは僕に背を向け、まだ力が出ない空さんにポンチョを被せようとする。空さんは抵抗するが、たくましい大城おおきさんの腕力には到底かなわない。そうして大城おおきさんは自分の腕力に任せ空さんを自分の思うがままにしようとしていた。僕は抗議の声をあげる。


「何をするつもりですか!」


「このままシェアトに帰る」


「無理です! ようやく復温措置がされたばかりなのにこれじゃ元の木阿弥もくあみだ! 見て下さい、空さんまたシバリングが出てきたじゃないですかっ! これ以上悪化させたいんですか!」


「俺のライナーに空を乗せれば数十分もあれば付く。それからその復温措置とやらをすればいいだろう」


「それじゃ手遅れだ!」


 大城おおきさんが僕をにらむ。


「経験者だか何だか知らないが俺に命令するな。空のことは俺に任せろ。口出しは一切するな。いいな」


 僕は歯噛みをした。大城おおきさんは完全に空さんのことを自分の所有物か何かのように思っていてそのように空さんを扱っている。だがそのことで空さんの命を危険にさらすわけにはいかない、絶対に。僕は大城さんを説得しようと口を開いた。


 だがその時。


「私をこれからどうするの……」


 寝袋に入っていた時よりも青ざめた顔で身体をも顔も唇も振るわせ歯の根が合わない空さんがうめくように言う。大城おおきさんはそれにとりあう気はない様子なのは明らかだった。


「今からお前をライナーに乗せる。そうすればシェアトまでもうすぐだ。心配はいらない」


 すると空さんは僕らがぎょっとする行動に出る。抱き上げられたまま大城おおきさんのえりを両手で掴む。




【次回】

第77話 身体を投げ出す裕樹

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