第70話 快復しつつある空と「ケイ」

 ただでさえ震えていた空さんの身体が突然更に激しくガタガタと震え出す。僕は空さんの頬を軽く叩きながら大きな声で空さんの名前を呼び続けた。まだ青白い顔にほんの少し精気が戻る。うっすらと目が開かれる。


「あれ……? ひろ……く、ん……?」


 僕の顔を見て囁くようだがはっきりと僕の名を呼ぶ空さん。僕は心底ほっとした。空さんは突如意識が正常に戻った。


「よかった…… よかったですホントに」


「私、どう、しちゃ、たの……?」


 空さんはまだ歯の根が合わないくらい震えていて上手くしゃべれない。


「雨風に打たれてひどい低体温症になったんです。でももう大丈夫だと思いますよ。ここでしっかり身体を温めて雨が止んだら帰りましょう」


「シ、エロ、は」


 歯を鳴らしながら辛うじてしゃべる空さん。


「シエロは小屋に入れました。身体もしっかり拭いて馬着ばちゃくも着せましたし、あそこならちゃんと雨風をしのげますから心配いりません」


「そ、よかっ、た……」


「寒いですか」


「……少、し」


 空さんはゆっくりと回復していった。寝袋に入って寝ている空さんの隣に僕は横になった。空さんは頭を傾けて僕に微笑みを向ける。2時間ほどで空さんの頬は白さが抜けてきた。


「うん、だいぶ、あったかく、なっ、てきた」


「そうですか。良かった。これからは天気予報とかちゃんと聞いて下さいね。こういうところに来る時は単独行動は危険ですからやめて下さい」


 ということは大城おおきさんと行動するということなんだろうな。僕は惨めな気持ちになった。僕はやっぱり空さんの隣にいたかった。


「はい」


 空さんは珍しく舌を出しておどけた。しかしすぐに真剣な顔になる。


「でも本当に迷惑かけちゃった。ごめんなさい」


「そんなことないです。僕は……」


「?」


 不思議そうな顔の空さん。さすがに僕は「空さんのためなら何でもします」だなんて大胆な発言はできなかった。僕にそんなことが言えるはずもないのは7年も前に立証済みだ。


 風雨は相変わらず激しく廃寺はいじを打ち付けていた。ツエルトの中にまで冷たい風が入り込んできはじめた。2人で雨音を聞きながら肩を寄せ合って横になっているうちにさっきの「ケイ」について知りたい気持ちがむくむくと湧いてきた。だが自分の口からそれを聞き出すような勇気は僕にはなかった。2人で派手なオレンジ色をしたツエルトの天井を眺めながらもう20分以上も長い沈黙が流れる。


「ねえ」


 沈黙を破ったのは空さんの方だった。空さんは僕の方に顔を向けてじっと見つめている。


「はい」


「私なんか変なこと言ってなかった?」


 きっと「ケイ」のことだ。僕はどきりとした。



【次回】

第71話 空の告白。記念日

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