第69話 ケイ
着替えや処置を一通り終わらせると、僕はツエルト内でうつらうつらする空さんに寄り添いスマホを見る。圏外だ。僕は苦虫を噛み潰した顔で舌打ちをして「くそっ」と独り言ちた。この状態で空さんを置いたままシェアトに戻って応援を呼ぶか。いや、まだまだ何があるか判らないからそれは危険過ぎる。
それでも少しだけなら大丈夫だろう、とツエルトを抜け出し、シエロとメイを連れてお寺のそばの小屋を見つけて、そこに2頭を入れる。屋根がほんの少し破れているところがあってわずかに雨が吹き込んでくるが、雨ざらしよりははるかにましだ。ここなら2頭は安全だ。僕は2頭の身体も丹念に拭いてやってシエロにも
急いで空さんのもとへ戻る。状態に変化はなさそうだ。このまま2人乗りして帰るか。いや、空さんの意識はまだ
空さんは苦しそうな、そして悲しそうな顔で何事かつぶやき始めた。
僕はゆっくりとその顔に手を伸ばした。自分でも何をするつもりなのかよく判らなかった。ただその頬に触れたかった。僕は、僕は、この人のせいでこんなにも苦しんでいるのに。なのに拭い去れないこの甘い感情はなんだ。
僕の手が空さんの頬に今にも触れそうになった瞬間、空さんが僕の腕を掴む。弱々しい力だった。その小さな手の冷たい感触に僕は息を呑む。
「ケイ…… ケイ……」
空さんは虚ろな瞳で僕を見つめ手首を掴みながらそう呟いて涙を流し始めた。
「ごめん…… ごめんねケイごめん……ごめんなさい……わたし、私……っ」
と呟くと更に大粒の涙を溢れさせる。僕は空さんの細い手を掴んで寝袋の中に突っ込んで、涙を指で拭った。冷たい涙だった。髪を
僕の心の中で自問自答の嵐が吹き荒れる。誰だ? 誰なんだ? ケイって。一体どんな関係なんだ? 恋人? 家族? 僕の中で疑念が浮かぶ。いや、誰でもいい。多分そのケイってやつのせいで、空さんはあんな状態になるまで苦しんだんだろう。僕はそのケイが許せなかった。怒りが沸きあがる。
【次回】
第70話 快復しつつある空と「ケイ」
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