第68話 深刻な病状の空に
「おかし、いの…… 脚…… 歩けな、く、なて…… すご、く…… 寒い、の……」
歯を鳴らしてうわ言のように話す空さんを励ます。シバリング※があるならまだ軽症か。いや油断はできない。僕は震える声で空さんを元気づける。
「空さん、もう大丈夫です。しゃべらないでいいですからね」
「う、う……ん…… ごめ、なさい……ごめんなさいごめんなさい……」
「もうしゃべっちゃだめです。少し静かにしていてください」
「でもわた……あな…… にっ……」
「いいから黙ってっ!」
「……」
豪雨に打たれながら僕は空さんを励まし担いで寺の縁側まで引き上げ、雨も風も入ってこない奥の板の間まで抱きかかえていく。障子の骨やごみなどを除けて仰向けに寝かせて持ってきたザックからありったけのタオルを引っぱり出して服の上から空さんの身体を拭く。だが限界まで水を吸ったサマーセーターから水が次から次へと染み出し身体は全く乾かない。本当なら衣服を全部脱がせなくてはいけないのだが、さすがに僕はちゅうちょしてしまった。
「空さん、着替えられますか?」
「……着替、え」
「寒いでしょう。着替えて温かくなってください」
僕の言葉には答えず、空さんは考えたくもない事を呟く。
「私…… 死ぬの……? わた……し、やと死、ねる……の?」
ぼんやりとして眠たそうな空さんの言葉に僕は、恐怖と怒りで叫んでしまった。
「死にません! 絶対死なせやしませんからっ! 死神が裸足で逃げ出すくらい完璧に処置してやりますっ! だからそんなっ、死ぬだなんて…… 言わないで下さいっ…… 言わないで、よ……っ」
僕の中で何かが決壊してしまった。涙を流しながら空さんの傍らに手をついて懇願する。僕の涙が幾粒も空さんの顔に零れ落ちる。
「ひろ、く……?」
今にも意識を失いそうだった空さんの表情が少し変わる。少しだけこっちの世界に戻ってきてくれた。
「シエロが悲しみます。僕も悲しいです。ですからそんな悲しいことは言わないで下さいっ」
「……」
「自分で着替えられますか」
空さんはまた意識が遠のき、朦朧となった表情で僕を見つめている。
「ごめ…… わた…… あな…… み、す……」
口が小さく動くが何を言っているか判らない。
これではらちが明かない。僕は腹をくくった。
「僕が着替えさせてもいいでしょうか。緊急事態なので」
微かにうなずいたようなので、おかみさんに持って来てもらった空さんの衣類を全部着替えさせた。すっかり乾いて温かい衣類に着替え、空さんの表情は少し穏やかになったようだ。
次に胸とおなかと首と腋の下と腹と内ももの付け根に使い捨てカイロを貼ったりベンジンカイロを置いた。空さんを毛布にくるんだ上に保温シートで包み苦労して寝袋に入れる。
これで一体どれくらいの復温効果がある? こんな低効率な体外復温法では1時間に0.5℃かそこらしか復温できないだろう。となると少なくともあと八時間はここから移動はさせられないのではないか。
僕は板の間にペグを打って蛍光オレンジのツエルトを張った。吹き込んでくる雨から空さんを守るにはこれで充分だった。
僕は焦りながらもツエルトに潜り込み、空さんの口元に一口大の
「甘、い……」
空さんは
▼用語
※シバリング:低体温時に筋肉を震わせる事によって体温を回復しようとする現象。身体が震えたり歯の根が合わずガチガチと歯を鳴らしたりする。
【次回】
第69話 ケイ
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