第66話 たとえ裏切られたとしても

 空さんがいつか描いてみたいと言っていた南の竹林は竹がたわむほどの暴風雨にさらされるばかりで誰もいなかった。僕はメイから降りて辺りを捜索するがなにも見当たらない。ここは外れだ。


「メイ、あとちょっとだけ力を貸してくれ」


 僕が声をかけ鼻梁びりょうを撫でるとオグラメイコーは頼もし気に大きく鼻を鳴らす。僕がオグラメイコーに跨るとメイは急いで今度は南西に歩みを進めた。


 僕はメイにまたがって考えていた。


 僕は泉の件で空さんに酷く裏切られた気がしていた。あそこでの思い出は僕にとって特別なものだったし、空さんにとっても特別なものだったと思っていた。それを、大城おおきさんにけがされるとは。ましてや空さん自ら大城おおきさんを招き入れるだなんて。僕は心の中で身震いした。空さんも何の弁明もせずただ軽い言葉で詫びただけだった。それはつまり、やはり何度考えても空さんは大城おおきさんを選んだということなんだな。かじかんだ手で手綱たづなをきつく握りしめる。


 どうやらもう僕は本格的に要らない人間にされちゃったみたいだな。そう思うと僕は自分を嘲笑ちょうしょうした。豪雨の中声を出して笑った。空さんは僕の世話や負担になって迷惑をかけたくないと何度も言っていたけれど、僕は逆だった。空さんの世話をしたり空さんが僕の負担になったりすることで心が満たされていた。だからそんなのどうでもよかったんだ。そんな僕の心が実に滑稽こっけいだった。結局異動までして僕から逃げるように離れて行ってしまったんだから。よほど僕と関わり合いたくなかったんだろう。なのにその一方で大げさなほど僕の心配をしたがる。そんな態度に僕はイラつく。


 でも。と僕は思い直す。そんな時の気づかわしげな眼は嘘じゃない。本当に僕の苦しみを案じているものだ。


 一体空さんは僕から離れたいのかそばにいたいのか。全くわからなくなってきた。


 そして僕も、どうしてこんなにも空さんのことが気になって仕方がないのだろう。目が合えばそばにいたい、そばにいたらそれがいつまでも続くようにしたい、つかず離れずそばにいてその一挙手一投足をその眼に収めたい、僕にしてあげられることがあれば何でもしてあげたい。シエロに乗る空さんと走りたい、スケッチする姿をいつまでも眺めてその横顔を目に焼き付けたい。


 なんだ、これじゃまるで恋してるみたいじゃないか。僕は苦々しく思った。恋? 僕みたいなやつが? 僕には恋をする資格なんてない。ある訳がない。


 それに。


 再び声を出して自分を嘲笑あざわらう。


 あんな裏切りに遭ったのに。


 だけど例え裏切られたんだとしても僕は空さんを救いたい。いや、必ず救う。僕は嘘にまみれた罪深い男なのかも知れないけれど、この思いだけは嘘じゃない。



【次回】

第67話 シエロ発見、そして空は……

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