第65話 装備を整える2人と乾

 用具室に駆けていくとなぜか完璧に装備を整え大きなザックを背負った上に大きめのポンチョを被ったいぬいさんもいた。大城おおきさんはあからさまに迷惑そうな顔をしている。


「話は聞いた。北海道の大量遭難については訳あって俺もよく知っている。手伝わせてくれ。必要な装備は整えてある」


 こんな時であればいぬいさんだろうと人手のひとつでも欲しいところだ。僕はうなずいた。


 いぬいさんは僕のそばにすっと近寄って耳打ちをする。


「AEDも持っていくべきだ」


 その言葉を聞いた時僕は総毛立った。


「言っている意味は分かるな」


 いぬいさんはさらに耳打ちをした。僕は静かにうなずく。


 大城おおきさんも頭陀袋ずだぶくろにタオルやカイロなどを詰め込んでいた。僕は適切な量などを助言し、僕の非常用ツエルトを渡す。大城おおきさんはそれが気に入らなさそうだったが素直に従った。その後僕ら3人はキッチンホールで温めたアイソトニック飲料と、カロリー源として一口羊羹ようかんを五つずつ持って行くことにした。


 厩舎で頭陀袋ずだぶくろをシャインアークの鞍上に乗せながら言った言葉に僕は唖然あぜんとした。


「どっちが早くあいつを見つけるか競争だな」


 すでにオグラメイコーにまたがっていた僕は絶句した。空さんの命がかかっている時に競争だって? まるでゲームのように? 僕は大城おおきさんがひどく下手くそでたちの悪い冗談を言っているのではないかと思ってまじまじと顔を見るが、気迫にあふれたひどく真面目な表情だった。僕は反射的に少し大きな声で言い放ってしまう。


「そんな競争にはかけらも意味がありません。目的は空さんを無事に救助することです。勝ち負けで得られる自分のプライドよりももっと本質的に大事なものがあるんじゃないですか」


 僕ははっきりと腹を立てていた。


 大城おおきさんの顔を見ずにポンチョを被り大きく深呼吸をした。そうだ、空さんを助け出すんだ。絶対に空さんを死なせやしない。僕はそう固く胸にちかった。


 そんな僕と大城おおきさんを無表情に見つめる無精ひげのいぬいさんだった。手綱たづなを取るとぼそっと呟く。


「あいつはそういう奴だ。気にするな」


 大城さんが無言で東に向かったので僕は少し迷ったあと南へとメイを常足なみあしで進ませる。いぬいさんは北へ向かったようだ。


 急がなくては。急がなくては。何が何でも急がなくては。急いで空さんを見つけないときっと軽装な空さんは凍えて…… 凍死。またそんな想像をしてしまった僕は身の毛がよだつ。いや、絶対そんなことにはさせない。僕はついつい速足はやあしで南へ向かった。



【次回】

第66話 たとえ裏切られたとしても

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る