第63話 迫る危機

「いつからですか」


 僕は青ざめた顔で大城おおきさんに訊いた。大城おおきさんは出来る事なら僕と会話もしたくもないように見え、どこかしら仕方なさそうな様子で僕に答えた。


「あ、ああ。俺が馬術教室に出ていた頃くらいだろうから、雨が降り出した一時間半ほど前からか。それくらいから空とシエロの動きを把握していない」


 雨が降り出してからずっと。一時間半も前から。では空さんは一体今どこに。


「この雨ならどっかで雨宿りすんだろう」


 ゴウさんが甘くて楽観的な見通しを示す。


「この横殴りの豪雨で、どこに雨宿りする場所があるって言うんですかっ」


 叱りつけるような僕の僕の声は震えていた。その異様な声色に一同はぎょっとして僕を見る。


「あったとしてもそこにたどり着く保証はあるんですか」


 僕の表情に何か異様なものを感じ取ったのだろう。全員が僕の顔をのぞき込む。


「たどり着けなかったどうなるんだ」


 大城おおきさんが恐る恐る訊いてくる。


「低体温症になります」


 みんなはこの言葉がピンとこなかったようだ。


「低体温症?」


「この夏にか?」


「そんなことありうるのか?」


「いやまさか」


 口々に言い放つみんな。


「季節なんて関係ないっ。今の気温は何度だと思いますか? それに雨の水温だって。2009年には北海道ですが、初心者向けの夏山でこれとよく似た天候にさらされたパーティーが遭難しました。その結果ガイドを含め九人もの人命が犠牲となった大量遭難になったんです。いいですか、


 僕は深刻な表情に震え声で無知で楽観的な彼らに冷たい事実だけを付き返した。こんな説明をしている時間すら惜しいんだ。僕は叫び出しそうになる。


「そして彼らの中には低体温症についての知識が乏しい人もいました」


 あなたたちのように。


 僕の説明に全員の表情が凍る。


「いや低体温症ったってな、そっ、そんないきなりなるもんなのか」


 楽天的なゴウさんが笑顔を引きつらせて言う。

 それだ、その楽観が人を死に至らしめるんだ。


「いきなりなります。三十分もあれば充分すぎるくらいに」


 なんでわかってくれないんだ。僕の苛立いらだちは頂点に達し、また叫びだしそうになる。一刻も早く空さんを捜索しなくてはいけないというときに、こんな意味のない話で時間を浪費していたくない。


「それで、裕樹ひろきは今現在空が遭難していると言いたいのか」


 腕組みをしたムネさんが岩のような顔で僕を見下ろして言った。


「そうです。事態は一刻の猶予もありません。直ちに捜索隊を編成して捜索を開始すべきです」


「判った。捜索を開始しよう」


 ムネさんの重苦しい声が厩舎きゅうしゃに響くが、豪雨が建物を打つ音にかき消される。



【次回】

第64話 捜索隊結成

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