第15章 集中豪雨

第62話 空行方不明

 入江一家がここに来てから2日目。その日は11時過ぎからいきなり暗雲垂れ込める怪しい雲行きになった。湿った西風が急に冷たくなって吹き付けてくる。


「こいつあ、馬はみんな厩舎きゅうしゃに入れなきゃいかんなあ」


 放牧場でムネさんがぼそっと呟くと、眼鏡をかけて小太りでがたいの良いゴウさんが慌てた様子でやってきた。


「おおさぶっ。いきなり寒くなって来たなあ。大雨雷暴風注意報出た。爆弾低気圧だとよ。この様子じゃすぐ警報になんぞ。天気図見たら北と東にもめちゃくちゃ強い低気圧できたしな、特別警報もあるぜこりゃ」


「わかった。裕樹ひろき、放牧場の馬全部厩舎きゅうしゃに入れるから手伝え。ゴウさん応援頼む」


「あいよっ、いやーしかしさみぃーっ、今15℃くらいしかねえんじゃねえか絶対」


 ゴウさんは回れ右して本館に向かった。


 午後に入って雨が降りだすまではあっという間だった。僕たちが総出で馬を厩舎きゅうしゃに入れた頃には、まるで台風のような暴風雨が吹き荒れ、厩舎きゅうしゃの貧相な壁に激しく雨が叩き付けられてる。風速も10メートルを軽く超えているだろう。遠くには雷の音も聞こえた。昼間なのに夕方のように暗い。草原や道路には見る間に小川ができた。急速に気温が低下し肌寒いどころではない寒さだ。気温もゴウさんが言っていたように10数℃前後にはなっているに違いない。ここ数年来見たことがない荒天に入江夫妻や波左間氏を含め皆不安を覚え窓から外を眺めていた。


 僕たちは厩舎で各馬のチェックをした。ムネさんが早いうちに馬を厩舎きゅうしゃに入れる判断をしたので厩務員きゅうむいんたちも迅速に動き、どの馬もほとんど濡れることなく馬房ばぼうに収まっている。


 だが奥の馬術乗馬部門の馬房では騒動が持ち上がっているようだ。大城おおきさんがムネさんやゴウさんと小坂部おさかべさんに何かを訴えている。大城おおきさんの声は豪雨がトタン屋根とベニヤの壁を打つ激しい雨音にかき消され全く聞こえない。大城おおきさんの不安げな様子が気になった。もしかすると空さんにかかわることかもしれない。空さんと僕はもう関係がなくなったはずなのに、どうしても気になった僕は吸い寄せられるようにそちらへ小走りで向かった。なんでだろう、もう関係ない人であるはずなのに空さんのことがどうしても気になる。


 案の定大城おおきさんは空さんについての話をしていた。僕が大城おおきさんのところに行くと一瞬だけ嫌な顔をした大城おおきさんもその後は僕をあからさまに無視してムネさんらに事情を説明する。


 その話によれば、空さんとシエロがいないという。


 その言葉に僕は恐怖で胃を鷲掴わしづかみにされたような感覚を覚えた。



【次回】

第63話 迫る危機

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