第44話 原沢と車
「おおい」
僕と空さんが牧草ロールの展開作業から帰る時、誰かが誰かを呼ぶ声がした。
ぐるっと見回してみると今年82歳で最高齢スタッフの伊田さんがこっちに向かって手を振っている。
「ああすまねえ。後ろから押してくれねえかなあ」
「お安い御用ですよ」
「はい」
僕と空さんで車を後ろから押しながら伊田さんがアクセルを踏む。が車は泥を撒き散らして僕を泥だらけにするばかりで、抜け出すことはできない。
僕たちが途方に暮れ立ち尽くしているとそこに原沢がやって来た。泥だらけの僕を見て呆れた顔をしている。
「センパイ何やってんすか」
「見てわからんか」
「まあわかります。その泥だらけのセンパイを見たら…… ぷぷっ」
「おまえな……」
僕は一気に不機嫌になった。原沢は僕らを無視して軽トラの周りをうろうろと歩き回り足回りを観察する。
「ふんふん、ふむふむ」
「何してんだ」
僕が不機嫌なまま問いかける。
「まあまあ、あたしにまかせて下さいよ」
とどこか楽し気な顔をしてまともに取り合ってくれない。
「あーなるほどお、うんうん、これならまあ簡単すね」
と言った原沢は倉庫へ駆け込み色々物色したあと、不用品のゴザを見つけ走って持って来る。それを泥に埋まった後輪の前に敷く。
「あたしが少しバックさせますから、そこにゴザを突っ込んでください。おじいちゃん、ちょっと乗さしてもらうね」
原沢が少しバックしてタイヤの開いた空間にゴザを敷いていく。それを数回繰り返す。
「センパイも空も今からゆっくり前進させるんで後ろからそおっと押してくださいよ」
「そおっとってどんな感じだよ。そおっとだけじゃわからん」
「だからそおっとですってば。いい女を優しく抱くみたいにそおっとですよっ。センパイ
どこかトゲのある原沢の嫌味にまた僕は腹を立てたが、ここはあえて言い返さないでおいた。
原沢がゆっくりアクセルを踏むと僕たちも軽トラをゆっくりと押す。軽トラは少しずつ前進していった。
「おっいけそうだ!」
軽トラはさらに少しずつ前進して遂に泥から抜け出す。軽トラのエンジンを切って降りる原沢を僕は素直に称賛した。
「いやすごいな、見事見事」
伊田さんも賛辞を贈る。
「いやあほんとに助かったよお、大したもんだあ」
相変わらず表情をあまり見せないながらも、空さんでさえ称賛の言葉を送る。
「すごい。私にはできない」
だが今ひとつさえない表情の原沢。
【次回】
第45話 原沢の特技
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