第41話 秘密の共有に胸を躍らせる

「ここは描いてみたいものがいっぱい。今度はシエロも描いてみたい」


「そうしたら僕にも一枚下さいね」


「うん」


 空さんは僕に向かって優しく微笑んだ。その微笑みを今こうして独占できていることが嬉しい。


 空さんがもう1枚絵を描く間、今度は邪魔しないように静かに隣に座って、空さんと空さんの描く絵を眺めていた。こんな穏やかな時間がいつまでも続くといいのに。僕はそう思わずにはいられなかった。


 僕は空さんのそばにいる居心地の良さや心地よさを実感していた。ずっといつまでもこうしていたいと僕は望んだ。


 空さんが他にも描いていた森の絵を、保育ルームに貼ってもらうことにする。保育士の阿相あそうさんが絵を貼ってくれた。


「本当に上手。絵本みたい」


 感心してそう言ってから阿相あそうさんは眉をひそめ首をかしげる。


「いやこの絵、どっかで見たような……」


 顎に指を当て首をかしげる阿相あそうさんの一言にはっとした空さんは阿相あそうさんのもとからそっと逃げ出した。僕もそれについて保育ルームを出る。そこから厩舎きゅうしゃへ向かって夕のお勤めに出る。その途中、空さんは僕に探るような目つきと頼み込むような口調になった。


「あそこを知ってるのは私とひろ君しかいないの。あそこは2人だけの秘密にして」


 そう言われると僕の心臓が軽く跳ねる。2人だけの共通の秘密を持つことに何か胸躍るものをすごく感じる。


「もちろんです。空さんこそ絶対誰にも知られちゃだめですよ」


 と僕は少しからかうように言った。


「じゃ、これ」


 空さんが1枚の絵を僕に差し出した。


「えっ、これいいんですか。僕なんかが」


「うん、ひろ君だからいいの。もしよかったらだけど……」


 遠慮しがちな空さんとは逆に、僕は少しはしゃぐくらい喜んでその絵を受け取る。


「もちろんいいです。嬉しいです。ありがたくいただきます」


 僕は絵をありがたくおしいただいた。


 空さんを従えて夕のお勤めをする間僕は考えていた。


 あの美しい湿地帯のこと。空さんと2人だけの秘密を共有できたこと。その秘密の場所でこれからも2人でいられること。もしかするとこの絵に空さんの秘密が隠されているのかも知れないこと。僕はぼんやりとそんなことを考え続けていた。



【次回】

第42話 空の忘れ物

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