第40話 空のスケッチ
僕はそっと空さんに声をかける。
「空さん……?」
「……」
空さんは黙って絵を描き続けている。
「あの、空さんって、絵が本職なんですか?」
「……」
空さんには僕の声が聞こえていないように見える。ものすごい集中力だ。
「あの、空さん?」
「……」
空さんの眉がピクリと動く。ちらりと横目で僕を睨む。
「空さん?」
「うるさい」
ボソッと無機質な声を吐き出す空さん。僕は我が耳を疑った。
「えっ?」
空さんは畳みかけるように無機質な、いや、多分少し怒った声で続ける。
「ひろ君うるさいから。邪魔しないで。私今集中してるの」
僕はすっかり呆気に取られてしまった。
「あ、はい……」
ビシッと邪魔者扱いされた僕は黙ってじっと空さんの隣でおとなしくしていた。こんなに強くものを言う空さんは初めてだ。その間僕はこの気持ちの良い景色や空さんの絵が出来上がっていくのを眺めたり風を感じたり、空さんの横顔を眺めて嘆息したりしていた。
空さんの集中力が落ちつき緊張感も消えたところで改めてそっと話しかける。
「上手な絵ですね」
「そんなことない。ちょっとブランクがあるってだけで全然描けなくなるし。絵がきれいになる一番の理由はここの景色がきれいだから。景色が絵を描かせてくれるの」
「そういうものなんですか?」
「うん、そういうもの」
淡々と絵を描いているようでいて、空さんは清々しい表情さえ見せていた。空さんはさらに急速に快復しつつある。そう思うと僕まで清々しい気持ちになった。僕たち二人は並んで小さな池を眺める。何匹かのイトトンボがゆったりと水面すれすれに飛んでいた。夏の始まりの午後、爽やかな風が僕たちの頬を撫でている。
【次回】
第41話 秘密の共有に胸を躍らせる
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