第37話 噂の的

 その時ふと何かを感じてその方を見ると、大城おおきさんの視線とぶつかった。大城おおきさんはすぐに僕からその鋭い視線を外したが、あの大城おおきさんの視線には何の意味があるのだろう。


 もしかするとこれは厄介なことなのかもしれない。僕の顔から笑みが消え、少しうつむくと小さな溜息を吐く。


「どうしたの? ため息なんか吐いて」


 小坂部おさかべさんが僕に声をかけて来た。


「いえ、なんでもありません」


 僕は俯いたまま馬柵ばさくを爪先でつつきながら答えた。そこで僕はひらめく。そうだ。大城おおきさんの上司に当たる小坂部おさかべさんなら大城おおきさんについて何か教えてくれるかもしれない。僕は小坂部おさかべさんの方を向いて声をかけて見ようとした。


小坂部おさかべさん、ちょっとうかがいたいことが――」


 僕の視線の先には何とも言えない笑顔を浮かべた小坂部おさかべさんの顔があった。小坂部おさかべさんはにやにや笑いを満面に浮かべている。こんな小坂部おさかべさんは見たことがない。


大城おおき君のこと?」


 小坂部おさかべさんは判ってて今まで僕に何も言わなかったのは間違いなさそうだ。小坂部おさかべさんも思ったより相当人が悪い。僕はさらに溜息を吐いた。


「まあそうです」


「タフで働き者で、人柄も良くて、人懐っこくて明るくいつも前向きで自信家、馬術乗馬部門を含めシェアトでの評判は非常に高いね」


 人柄がいい? あの僕に対する粘着質で湿度の高い視線はお世辞にも人柄の良さとはつながらない。僕はそこに何か怖いものを感じた。


「で、何が訊きたい?」


「え、あ、いや特にありませんが――」


「彼が空さんのことを好きどうか、とか?」


「やっやめて下さいっ、そんなんじゃありませんっ」


「いやあ、でも二人で親し気に練習する姿を眺めている間の君の不安そうな表情と言ったらなかったね。いや傑作傑作」


 小坂部おさかべさんのニヤニヤ笑いは止まらない。


「からかわないで下さいよ……」


「娯楽なんてろくにないここじゃあ、こういう話くらいしかみんなの楽しみはないからね。まあ大目に見てよ」


「……みんな?」


 みんなとは一体どういうことだ。僕は呆然とした。


「そうみんな」


 僕は小坂部おさかべさんに詰め寄った。


「一体どこまで話はいってるんですかっ!」


「え? んー、空さんからつかず離れずついて回る君をストーカーみたいだという者もいるけれど、まるでボディーガードや騎士ナイトのようだと高く評価するものの方がずっと多いよ。原沢を除いてね。だからここでは君と空さんの噂で持ち切りだよ」


「噂? 噂ってなんです? 持ち切り?」


「すなわち二人は付き合っている」


「なんだって!」


 僕は驚いたが同時に胸が甘く苦しく切なくなる。


「ところが君にはかねてより原沢が、そして今回空さんには大城おおき君という不安定要素が生まれたので、周りは固唾をのんで見守っているというわけだ。まあ大方は君と空さんの方に分があると思っているけどね」


「勝手に盛り上がらないで下さいよっ、僕はっ、僕は別にっ」


「ん? 別に?」


「いえ、なんでもありません……」


「奥手だなあ。そんなことじゃ空さん大城おおき君にとられちゃうよ」


「いやっ、ですから僕はっ」


「ふうん、じゃ簑島みのしま君、空さんのことが好きじゃなかったのか。これは意外だったな……」


 小坂部おさかべさんはそらとぼけたように言う。



【次回】

第38話 空への思い、想い

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