第38話 空への思い、想い

 そこで僕は初めて空さんについて思いをはせた。死のかげまとった空さんに死んで欲しくないと感じた第一印象を思い出す。あの女性ひとのように絶対に自ら死を選んで欲しくないという思いから僕は空さんに付きまとった。空さんは当初僕の行為を迷惑と思っていたと思う。でもそれにも関わらず僕は少ししつこくし過ぎたかも知れない。しばらくして空さんの僕への態度は軟化したが、こうした僕の一連の態度が今回のような誤解を生んだのなら反省が必要だ。僕は空さんへの本当の気持ちを心の奥底に隠してそんなことを考えていた。


 同時に僕は空さんの面差しを思い出す。悲しみ以外の感情を全て失っているのではないかとさえ思える表情の薄いその顔。その中で僕だけに時折見せる淡いほほ笑みやすがる様な眼つき。大きな黒い瞳。けぶるような睫毛まつげ、少し高くて小さな鼻、弱々しい眉、細い顎、薄く細く平らで低くてはかなげなシルエット、そしていまだに時折漂わせる不穏なかげ


 僕はそれを思い起こすと胸が締め付けられる様な感覚を覚えた。なんだこれは。これはまるで僕が空さんに恋しているみたいじゃないか。僕は茫然とした。その隣で小坂部おさかべさんは意外そうな声をあげる。


「えっ? あれっ、まさか自覚なかったの? 簑島みのしま君」


「…………」


「これは驚いたな」


 僕は驚く小坂部おさかべさんの言葉には答えず、乗馬の練習をしている空さんと大城おおきさんを見つめていた。2人の距離が少し近い気がする。その姿はなんだか恋人同士がじゃれあっているみたいで僕の胸に気分の悪いもやもやした塊のようなものがまたこみ上げてくる。これは焼きもち、嫉妬だ。そんな気持ちを抱く自分に僕はうんざりした。空さんの中ではきっとそれどころではない苦悩が嵐のように胸の中を渦巻いているというのに。僕は強く頭を振った。今の空さんの状態では恋愛どころではない。だから大城おおきさんとそんな関係になるはずなんてない。ないんだ。そう思いながらも僕の胸は苦しく痛んだ。


 この時になってもまだ胸が痛む理由を僕は直視しようとしていなかった。



【次回】

第39話 秘密の場所

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