第8章 初めての駈歩(かけあし)、初めての笑顔

第35話 空とシエロの絆

 僕はまた時間を作って空さんの練習を見に来ていた。G1高松宮記念勝利馬のエルドラドライナーに跨る大城おおきさんが空さんを指導している。最初からずっと空さんを熱心に教えている。年齢は空さんと同じくらいだろうか。陽気ではつらつとして自信に満ちた精力的な印象だ。陰キャな僕とは正反対だ。


 空さんのシエロ関連以外での日常業務については、空さんの様子を見ながら僕の助手兼見習いを続けていたが、体力も次第についてきたように思う。空さんの体力や体調をみながらおよそ二週間で駈歩かけあしを習うところまでこぎ着けたと小坂部おさかべさんが言っていた。空さんは驚異的に覚えが早い。普通の人の倍以上の習得スピードではないか。意外にも空さんには卓越した乗馬センスがあったようだ。


 それとシエロが非常に慎重に空さんの指示を聞いたことも関係あるだろう。元競走馬であるシエロとしては本当なら全速力で走りたいだろうに、粘り強く空さんの指示通りゆっくりと走ってくれる。そこにシエロの空さんに対する何らかの強い気持ちが感じられて僕は胸を打たれた。空さんとシエロは本当に強い絆で結ばれている。そんな気がした。同じことを小坂部おさかべさんも思っていたようだ。


「すごいよね、シエロの我慢強さ」


 大城おおきさんがまたがるエルドラドライナーと一緒にシエロと空さんは常足なみあしで練習場をぐるぐる歩く。それを見ていた小坂部おさかべさんはぽつんと呟いた。


「僕も思いました」


「やっぱり? もしかするとシエロは、空さんが乗馬をマスターしたら、一緒に思いっ切り走れる。そう思って今はじっと我慢してるのかも知れないね」


「そこまで考えるものでしょうか」


「考えるかもね。馬って三歳児くらいの知能があるって言うじゃない? でもシエロの調教師の坂田さんは『シエロはとにかく頭がいい』って言ってたし、未来を見越して行動しようとする思考がほかの馬よりあるのかも知れないね」


「だとしたらすごいことですね」


「ほんとすごいことだよ。空さんにはぜひ乗馬を極めて、シエロと馬術の道を進んで欲しいな」


 その小坂部おさかべさんの言葉に僕は答えなかった。これから空さんがどんな選択をしていくのか僕には見当がつかなかった。


 もしかしてすっかり病状がよくなったら僕やシエロの事なんかあっさり捨ててここを出て行ってしまうかも知れない。そう思うとなんだか切ない。



【次回】

第36話 空の笑顔

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