第26話 川東と西岡
僕と西岡さんが話している間に、川東さんがしゃがみ込んで空さんをのぞき込むようにして話しかける。
「なああんた空って言うんだろ。かわいい名前だよな」
空さんは平然とした顔で無視し釘を打つ練習を続けていた。
「実際すげえかわいいよな」
川東さんはしつこく声をかける。西岡さんはそれを小ばかにするようにニヤニヤと眺めている。僕ははらはらした。しかしこれも空さんは無視して釘を打ち続ける。
「なあ、
さすがにこれ以上絡んで来たら僕としても何か言わざるを得ないな、と思う。胃の腑が重くなった。ところが空さんは無言で釘を打ち続けているばかりだった。ついに川東さんは苦虫を噛み潰した顔で立ち上がる。
「けっ、シカトかよ、いい度胸だな」
西岡さんがいやらしくニヤニヤと笑う。
「すっかり嫌われたな川東」
「うっせえ。おい、おめえいつかいい思い見してやるかんな。楽しみにしとけよ」
捨て台詞を吐いた川東さんは本館に向かって歩き出す。
「じゃ、空ちゃんまたねえ」
釘打ちの練習に余念がない空さんに冷やかしの声をかけた西岡さんも川東さんのあとに続く。西岡さんは僕とすれ違いざまに小さな声で僕に毒づく。
「おお
二人が立ち去るのを見送った僕は空さんに声をかけた。怖い思いをさせてしまったのではないか気がかりだ。
「空さん、あんな奴らの言う事は気にしないで下さい」
空さんは無言で釘を打っていた。まさか釘打ちの練習に集中していて二人の存在に気付いていなかったのか?
「あの、空さん?」
空さんはまだ真剣かつ虚無の表情で釘を打ち続ける。
「空さん? あのお」
「……できた」
「はい?」
「どう?」
どうやら空さんは釘打ちに集中していて川東さんと西岡さんに全く気付いてなかったようだ。僕はその集中力に驚き呆れた。
空さんの打った釘を見るときちんと真っ直ぐ打ってある。それだけじゃなくて斜めにも上手く打てているようだ。空さんは意外と器用なのかも知れない。これなら大丈夫そうだ。
「いいですね。これならきっとうまく打ちつけられると思いますよ。早速やってみましょう」
僕が板を抱え空さんが釘を打つ作業はスムーズにいく。僕には空さんがほんの少しだけ得意げな表情を見せているような気がした。こうして少しづつできることが増えれば空さんも変わっていくと思う。そのためにもどんな助力も惜しまないと誓う僕だった。それよりも気になったのは西岡さんと川東さんの二人組だ。彼らは空さんによからぬ興味を抱いているのは間違いないだろう。僕はあの二人がいずれ空さんに要らぬトラブルの種を蒔くのではないかと不安を覚えた。僕にそれを防ぐことはできるだろうか。
だがもうひとり気になる人影がいた。
【次回】
第27話 練習場のシエロ
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