第5章 ごろつきにナンパされる空

第25話 初めて裕樹を手伝おうとする空

 僕は空さんを連れ立って馬柵ばさくの修理に向かう。馬柵ばさくも修理道具の入った工具箱も全部僕が持つと結構重い。

 すると空さんがぼそりと言う。


「ひろ君、それひとつ持つ」


「えっ」


 僕は驚いて空さんの方を見た。相変わらず精気のない眼だった。しかし、空さんがそんなことを言い出すのは初めてのことだ。積極性を取り戻すのはいい兆候だ。


「……これも私の仕事だから」


 伏し目がちにそういう空さんがほんの少しでも自分のやるべきことを考えるようになったのであれば、それは空さんが死の世界から現世に目を向けつつあるということだ。僕は感激して一番軽い工具箱を渡した。空さんは必死な顔をして取っ手を両手で持ち、どうにか持ち運んでいる。


「そのうちもっと筋力もついてきますからね」


 僕が慰めるように言うと、何も言わず力んだ顔で工具箱を持ってうなずく空さんだった。


 ここ最近になって空さんは驚くほど状態が改善してきているように見える。背中を丸めて虚ろな表情で立ち尽くすようなことも減り、自殺企図する素振りも見られなくなった。左手首を隠すことも減ってきている気がする。これは空さんとシエロが一緒にいられる時間を増やしたことが大きいと思う。放牧場の送り迎えや丁寧に時間をかけたブラッシングなどの他にも空さんとシエロが触れ合える機会があれば必ず触れ合えるようにしていた。


 僕が空さんを連れて馬柵ばさくの修理箇所に辿り着くと、20メートルほど向こうでも修理をしているメンバーがいた。西岡さんと川東さんだ。

 馬柵ばさくと工具箱を下ろした僕と空さんは痛んだ馬柵ばさくを調べてみる。板の片端が腐って落ちている。板そのものを交換しないとだめだ。古い板を剥がし新しい馬柵ばさくを当てて釘を打って留める必要があるが、空さんには馬柵ばさくの板を持つ力は無い。僕が馬柵ばさくを持って空さんが釘を打つことになるだろう。だけど空さんに釘が打てるだろうか。


「空さん、釘打ったことありますか?」


 空さんは無表情に小さく首を振る。やはりそうか。僕は古い馬柵ばさくの板から釘を釘抜きで抜き杭から剥がし地面に置く。釘を何本か空さんに手渡した。

 古い板を練習台にして、空さんに釘の打ち方を教えた。

 空さんは無表情で釘を打つ。だが無表情な中にもどこか集中した真剣な様子がある。


「おお、簑島みのしまなにやってんだ。まだ終わんねえのかよ」


 川東さんの声だ。振り返ると工具箱を抱えた川東さんと腕組みをした西岡さんが立ってこちらを見ていた。二人とも眼には冷笑を浮かべている。僕は緊張した。最近になってここにきた二人は荒くれ者で有名だった。彼らの悪行には枚挙にいとまがなく、暴言、威迫、強要、ひどいセクハラなどに及ぶ。それだけでなく岩谷さんやいぬいさんを上回るサボりの常習でもあった。さすがのムネさんも彼ら二人を解雇すべきか頭を痛めている。


「相変わらず簑島みのしまいぬいの次にどんくせえ奴だな」


 西岡さんが僕に軽蔑の目を向ける。


「今空さんに釘の打ち方を教えているんです」


 と僕は素知らぬ風を装って答えたが、正直うんざりした気持ちもあったし、怖くもあった。



【次回】

第26話 川東と西岡

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