第5話 行き場のない彼女
「シエロ?」
「ええ、本当の名前はコレドールシエロですが、ここでは略してシエロ」
「シエロ」
女性が初めて興味深そうな声で繰り返すとシエロは彼女の方に目を向け自慢するかのように小さくいなないた。
シエロを馬房に入れると、柵越しに頭を振り懸命に彼女を呼ぶような仕草をして大きくいななく。彼女がそこに行くとまたシエロは我が仔の身を案ずるかのように彼女の顔や胸、そして腹に鼻面を押し付けてくるのだった。
少し困ったような顔のムネさん。
「なんなんだろうなこいつぁ…… まあとにかくご苦労さん。助かった」
「これでもう用済みなんすからとっとと帰って欲しいっすね」
「こらっ原沢っ」
「ふーんだ」
彼女は黙ったままうなずく。シエロが彼女の頭の匂いを嗅ぐように鼻を押し付けて鼻を鳴らす。なんだかまるで本当の親仔のようだ。
「ほらほら、あとはもう好きにしていいからどこへなりとも勝手に行って欲しいんすけどっ」
「原沢っ」
「……」
シエロの
「どうした」
少し問いつめるような口調でムネさんは
「……行くところはありません」
「はあ?」
僕たち3人は同時に声をあげた。シエロは彼女の首筋辺りを鼻でこすっている。
「行くところがないって、そりゃ一体どういうことだ」
ムネさんの言葉は少し苛立たし気だ。
「文字通りの意味です。行く当てもなく
「この辺りに泊まれるところないですか?」
「あるわけないっしょっ!」
原沢は切れた。ムネさんは思案顔になって首を傾ける。
「バスってんじゃあもう今日は終わってるし…… 汽車だって……あと二本はあるか? おい
「そんな時間ないですよ、これから色々やることだってあるのに……」
僕はどんな理由をつけてでも彼女を一時も手元から離したくなかった。でないと何をするか、想像しただけでぞっとする。
「あたしだってこんな奴にかまけてる時間なんて一秒たりともないっす」
「だよなあ……」
ムネさんはあご髭をがりがりと引っかいて思案する。そして大きな溜息を吐いてうなだれる。
「仕方ね。今日はここ泊まってけ」
意外そうな顔をする彼女と原沢。
「あの、いいんですか」
「は? は? こんなヤツ野宿でもさせればいいんすよ!」
ムネさんは見事に原沢の言葉を無視した。
「いいも悪いもそれしか選択肢がねえんだよ。それにまあシエロの礼も含めて、な。晩飯ぐれえは食ってけ」
「ありがとうございます」
彼女はぺこりとお辞儀をしたが、なぜか僕にはそれに心がこもっているようには見えなかった。一方の僕は、この不思議な美女ともう少し共にいられる嬉しさと、この女性の放つ強い負の気配への不安でいっぱいだった。彼女は一体何があってこんなことになってしまったのだろう。特別心を痛める何かでもあったのだろうか。
「
「ちっ……」
すごい眼つきで原沢に
【次回】
第6話 天を見上げ、空と名乗る女は死を渇望する
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