第2話 虚ろな女の起こした奇跡
ところが驚いたことに、突然シエロがぴたりと大人しくなった。
彼女は無表情なまま不器用な手つきでシエロの
その女性がシエロから目を離しゆっくりとこちらを見る。美しかった。きれいで
「あ、あのっ――」
「センパイっ」
僕が声をかけ原沢がそれを止めようとする。僕が一歩二歩前進すると、その横からムネさんが彼女に向かって突撃していった。まるでラグビー選手がタックルを仕掛けに行くように。ムネさんは大学時代ラグビー部に所属していた。
「くおおおらああっ!」
ムネさんがどら声で彼女に食いつかんばかりに叫ぶ。
「なに勝手に入ってきてんだっ! ここは馬がいて危ねえんだぞっ!」
普通の人なら思わず首をすくめてしまうようなムネさんの
「危ない……?」
「ああっ、だからすぐここから出ろっ」
「でもこの子……」
と彼女がシエロの
「……」
「……」
「……」
僕たちは絶句するしかなかった。僕たち三人が身の危険を感じるほど暴れていたシエロが、彼女を見た途端まるで借りてきた猫の様に、いやそれ以上におとなしくなるなんて。確かにこれはもう一つの奇跡と言って良かった。
「ま、まあ、ごくごくごくまれに例外はある……」
ムネさんは気まずそうに咳ばらいを一つするとシエロの手綱を取った。
「とにかくあんたはここから出ろ、そもそもよそんちの敷地なんだからよ」
そしてシエロの手綱を引いて
と、突然シエロが高くいなないてまた
「どうなってるんだこりゃ……」
頭をかいて途方に暮れた表情のムネさん。だが僕は思いついたことがあった。
「それならいっそ」
「ん?」
「いっそこの人を連れて
ムネさんへの提案を原沢は即却下した。
「は? 何言ってんすかセンパイ。素人を入れるって言うんすか?」
僕はほほ笑んだ。
「きっとシエロが守ってくれるよ」
僕にはそう思えるくらいシエロのこの女性へのこだわりは強いように見えた。
だが僕の本当の思惑はそこにはなかった。このまま彼女を放置したらいったいどんなことになるか。今度はシエロの前に立ちはだかる以上のことをしでかすかもしれない。そんな暗然とした思いがあった。
付かず離れず彼女のそばにいてそれをぜひとも阻止しなければ。僕はムネさんに強く進言した。
「試す価値はあると思います」
「ううむ……」
原沢からムネさんに向き直ると、難しい顔をして考え込むムネさん。が、すぐに面を上げた。
「よし、じゃあんた俺たちと一緒に来てくれないか。くれぐれもこいつの後ろに立つんじゃねえぞ。
「はい!」
「ちぇっ……」
【次回】
第3話 隈原牧場「シェアト(Scheat)」
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