第1章 出会い――空と空
第1話 襲い掛かる荒馬(あらうま)に立ちはだかる女
岩手県全域に梅雨入り宣言が出された今日。牧場の空にはねずみ色の重苦しい雲が低く垂れこめていた。その厚みのある重たそうな雲がいやがおうにも僕らの胸に憂鬱な気分をもたらす。
その日は朝からシエロの機嫌がひどく悪かった。シエロは
ありきたりな外見とは裏腹に、その戦績はありきたりな競争馬とは明らかに違う。
そのシエロの機嫌が悪いのはやはりこの天気のせいだろうか。ただでさえ気が荒く神経質な上に、今日は何をさせようとしても嫌がって神経を
「よお、難儀してるなわけえの」
そうどら声で言ったムネさんの口調は笑っていたがその眼に笑みはない。
「すいません……」
「あざーっす……」
助かった。でも逆に言えばまだまだ僕らには任せられないということだ。ここに来てようやく二年目になったばかりの僕は内心では悔しい。まだ一年目の十八でしかも女子の原沢だってそうだろう。
念のためムネさんがシエロの
「野郎っ」
ムネさんが声をあげてシエロを追いかける。僕も原沢も懸命にその後を追う。だが当然追いつけるはずもない。
そこでその先にありえないものを見つけ僕たちはぞっとした。人影が見えたのだ。それはちょうど
その人物はぱっと見少し短めのセミロングの女性で、ひどく痩せていて薄く細い。背は幾分低めだ。年の頃は二十六、七だろうか。哀れを誘うほど背を丸め、サマーセーターとスキニーデニムといったシンプルないで立ちをしていた。初めて見る顔だ。
彼女がふと顔をこちらに向けると眼が合った。遠目からその眼を、その表情を見ただけで僕は背筋が凍り付いた。あれは、あの眼は。間違いない。僕はその眼と
「危ねえぞお! 柵の外に出ろお!」
ムネさんがあらん限りの声で怒鳴る。
彼女もシエロが自分の方に向かってきてるのが判ったようだ。
シエロはこの女性の目の前まで走ると、高らかにいななきながら
僕の隣で原沢が「ひっ」と小さな悲鳴を上げる。
※2024.8.12:一部の語句や表現、重複などを修正し句読点について改善を試みてみました。
【次回】
第2話
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