第38話「病床の箱庭【1】枕木ハバキはシガヤに聞きたい」

「ゴム紐でもつけましょうか!?」

 怒りを含んだその提案は10回目だ。


 第一鑑定室、鑑定員長ヘッド・レジストラの終わりなき説教に、惑羽イチトと調査員バイトは首をすくめる。

「たしかに! 第壱神器は故障・紛失を想定した量産品でありますが!! 失くしすぎです!! これで何回目です!?」

 鑑定員長の大声で棚に重ねられた空箱がカタカタと揺れる。他の作業者は入口一角のやりとりについてスルーを決め込んでいる。

「でも、バイトリーダーも副館長も、なにも言わなかったわけですし……」

 調査員バイトは果敢にもヘッドに口答えを試みた。イチトは無言で状況を静観している。

「誰もなにも言わないから、私が言うんですよ!?」

 そうして鑑定員長はスペアの公色警棒をイチトに握らせる。さらさらした質感の白い手袋がイチトの両手を力強く包みこんだ。

「これらは自然に還らないんですから。見つかりませんでした、なんてありえないんですよ。気をつけてください」

 イチトが返事をしようと緩慢に口を開いたが、平時から物々しい雰囲気を放つイチトのことだから『反抗する』と予想したのだろう。バイトが慌てて割って入る。

「鑑定員長ってエコロジーな思考なんですね。でもほんとにほんとに、今回は見つけられなくて!」

「つい投げてしまって、すみませんでした」

 バイトに追従してイチトも謝る。しかし言葉選びが悪いせいで深く反省しているようには聞こえない。

「まどうくぅん、あなたの武器、弓矢やダーツの方が良かったりしますか?」

「ダーツじゃ殴れないだろう」

「発言が物騒です……」


 第一鑑定室は倉庫も兼ねているので、出入りする人も物品も多い。それなのにどこか払拭できない息苦しさがあるのは、室内に数多くの魔神の遺物があるせいか。説教をBGMに、重ねられた段ボールを背景に、職員たちは各々の仕事に従事する。

「説教はもういいんじゃないのー? イチトくんだって失敗は次に活かしてくれるでショ」

 真道シガヤが、デスク上の干からびた管をいじりながら声を投げかけた。管は先日殺した魔神・Kh型ピュルスの残骸だ。

「でもまどうくんの性格から察するに、どうせ投げずにはいられないんでしょうし。そうですね、警棒が手元に戻った方がまどう君も使い勝手がいいのでは? 例えばゴムをとりつけて……」

「くく、棒にゴムつけるって」

 バイトがイチトに耳打ちする。小声で言っただろうに周囲が静かなものだから余計に室内に響いた。

「私の前で下品なジョークは禁止です!」

 ふたりまとめて怒鳴られたので、イチトもゆるんだ口元を引き締めてみせた。あいつ下ネタで笑ったな、とシガヤは冷めた目で眺める。


 そんな騒がしい鑑定室に、今度は枕木ハバキが顔を出した。

「アンタもう仕事してんのかよ?」

 シガヤの目の前、作業中のデスク上にダンボール箱を重ねて置く。視界が遮られてシガヤは「ん」と短く声を漏らした。

「ピュルスの解析したくて居ても立っても居られなくてネ。てかここに置くなってば。邪魔じゃんよ」

「これ預かってるぜ」

 文句をそらすようにMb型補水液のパックが押しつけられる。

「もう正常ふつうだっての」

 シガヤは苦い顔をしてみせた……花言カゲンの異界のエネルギーは人の舌を滑らかにする。先日病院でイチトに苛立ちをぶつけたのは『船酔い』と呼ぶ一種の酩酊状態のせいだ。その状況が続いているのではと、館内の誰かがシガヤを気にかけている。シガヤはあえて相手を詮索しないしハバキも告げるつもりはなさそうだ。


「おーいレジストラチームに支援物資だぞー」

 ハバキはシガヤに背を向け室内に雑に声掛けする。鑑定員たちの虚な目が一斉に向いた。そのまま無言でデスクに群がる職員たちはゾンビのようだ。お菓子や個人宛の荷物、動物園からの標本や土産の試作品……その中にまぎれて、デスクに放りだされた『新聞紙』がシガヤの目にとまった。


 緩衝材として使われていたのか、グシャグシャになった記事には短い文章。

 ――盛愚市███沢で中学二年女子が溺死体で発見。

 その名に見覚えがあると記憶を辿ればかつて『シらマナ』の自由研究で市の銀賞を取った発表者だ。


「……。」

「おいペン落ちたぞ。これくらい自分で拾えや」

「あー……ありがと」

 悲しい後日談をハバキに共有することなく、シガヤは眉間を指先で押しつぶす。そんな彼の肩にハバキが無遠慮に手を置いた。

「なぁシガヤ。興味本位で聞きたいことあんだけどいいか」

「藪から棒じゃんね」

 物資に沸きたつ鑑定室、まじめに仕事に取り組んでいるのはシガヤぐらいだ。ハバキは休憩を促したいのだろうとシガヤは意図を汲む。この粗暴な男も一応気をまわせるのだとシガヤは意外に思った。


「『亞屠ノ浜あとのはま』ってなんなんだ?」

「ッ、なんでそれ知って」


 まさかその言葉がハバキの口から出てくるとは夢にも思わなかった。瞠目したシガヤを見てハバキは露骨に眉を吊り上げる。

「いやアンタが言ってただろ。自分の発言に責任持てや」

「あーそうだっけ」

「イチトに聞かれてもはぐらかされんだよ」

「……なに、オレたちのこと知りたいの?」

 シガヤの慎重な問いかけにハバキは眉間の皺を深くする。この男は怒りの発露が言葉以上に雄弁だ。

「気持ち悪ぃ言い方すんなよ。異界のこと知るのは悪いことじゃねぇだろ」

「オレの書いた報告書コピーしてあげようか?」

「文字読むのキライなんだわ」

「そんなんでよく博物館で働けるネ……」


 力作の報告書を無碍にされてシガヤはデスクに頬杖をつく。しかしその実、読まれないくらいが都合がよい。通称『真道報告書』は異界の事柄において常に真摯だ。故に執筆者本人と関わる場合どんな色眼鏡の役割を果たすかわからない。

「焦らすほどのことじゃねぇだろ。ただの息抜き雑談なんだからはよ話せや」

 デスクをパンパンと叩かれ急かされるものだから、シガヤは一呼吸落ち着けるために補水液を一口だけ含んだ。よくわからない薬品の味しかしない。おいしくないと思うのは、壊れていない証拠である。

「……昔々あるところに」

「そんな昔じゃねぇだろ」

「ただの枕詞だってば。えーっと、去年の話かな。あれは、たしか……」



 ……。



 それは皇都魔神侵攻の復興作業が落ち着いた時分だった。


 真道シガヤ含む皇都大学・飢村うえむら研究室のメンバーは、全員揃って学会に参加していることになっていた。皇都大学内で誰も興味を示さないようなマイナーな分野の発表会、その実態は国主催の魔神対策枢密会議である。

「今日は大収穫でしたねぇ」

 飢村教授の嗄れた声はいつでも容易に思いだせる。バンの後部座席、ガラスの向こうに広がる夕焼けも、ガラスに映った自分自身の姿も。髪を後ろに流していつもと違うスーツ姿の自分に違和感がある。若輩者が舐められないようにという教授の助言によるものだ。そんなささいなことを今でも覚えているのは、研究室メンバーに「似合ってない」とバンの中でいじられ続けたから。

「みなも疲れたでしょう。若いから体力は平気かな。気力の話ですね」

「とんでもないです。興奮今だ覚めやらぬですよ」

「ほうほう。私は自分よりも年上に囲まれることがほんとうに久しぶりで、緊張で疲れちゃいました」

「先生でも緊張することあるんですねぇ」


 座席前方での飢村教授と東征教授の朗らかな会話も覚えている。東征教授の明るい語調は珍しかったからだ……なんせ枢密会議は万事滞りなく終わった。成果も大きかった。

 魔神侵攻後、内閣府主導のもと公民問わず様々な機関が魔神対策に本腰を入れ始めた。諸外国と異なり、日本には出現魔神の種類が多い。八百万の神の国ゆえにその存在を認めてしまうからだろうか。その国に生まれた者として、国民達は力をあわせて魔神に、すなわち『異界性侵略的怪異』に立ち向かう必要があった。

 今日の枢密会議は対策成果の共有回だ。数々の発表は若き学者たちを高揚させた。対抗手段がないと思われた「六十里ツイヒジ」の魔神に「六波羅ロクハラ」の力が効くと発表された時、会場の熱は最高潮となった。力なき人間による魔神への抵抗は、少しずつ、着実に進んでいる。


「いや六波羅の結果は今日の会議を待たずとも、もっと早く共有すべきだったでしょうに」

「青いな真道。お前はなんにもわかってない」

「先輩、結論から先にお願いしますヨ」

「主導権の取り合いだろ」

「……各機関で競争している場合ですかねぇ? 今この瞬間にも、魔神で人死にがでてるんじゃないですか」

「帰還者の言うことは重みが違うな」

「茶化さないでくださいよ」

「茶化すもなにも。ただの雑談だよ」


 後部座席での不機嫌な言い合いを咎めるように、バンが一回大きく揺れる。山道はとうに暗く、行きはよいよい帰りは怖い。大仕事を終えて気の抜けた夜道はいっそう危険。空はあっというまに宵に追いやられ、月も星もないさみしい山だ。虫の声すら聞こえない。

 やがて██県の境で、研究室の一行は『皇都警察』に車を止められた。

 どうしてこんな所で、と教授は訝しんでいた。誘導員によると、近辺で異界の入口ドアーの兆候があり、避難を促しているとのことだった。

 あの『皇都警察』が急遽対策本部をたてるほどの事態と聞いて、当然研究室メンバーは「協力させてください」と申し出た。


 皇都警察にだって協力を断る理由はなかった。なんせあの皇都大学・飢村研究室の手を借りられるのだから。

 研究室メンバーは、渋る飢村教授を説得して先に皇都アルカ市に向かわせた。高齢だし、疲れていそうだし、それに何やら悪い予感がすると全員が思っていたからだ……おそらく教授はドアーを見つけたら飛び込んでしまうだろう。そして1年後に戻ってくる、なんてことが有り得るひとだ。

 本件に飢村教授を巻き込まなかったのは正しい判断だったといえる。すべてが片付いた後ならそう断言できる。


「皇都警察の制服、かっこいいっすねぇ」

 作戦会議をしている警察を眺め、シガヤは緊張感なく呟いた。皇警作業服と呼ばれるつなぎ姿は機動性を保ちながらも権威を滲ませる。

「エリートだって服でわかるなぁ」

「あいつら賄賂通じないからイヤなんだよ」

 先輩たちが小声でこぼす。精鋭が集まる皇都警察は、市警察とは制服も、権限も、大きく異なる。


「花糸さん、道路封鎖終わりました」

 警察官のやりとりが耳を刺す。そう、刺すように、印象に残る声だった。

「オッケー。南野班で集まってドアーの場所探して。最低3人以上、最悪2人。厳守してね!」

「ふたりいればいいんですね」

「最低3人って言ったでしょ!」

 説教を受けている警官は若手か。やり取りを遠巻きに見ながら「この現場じゃ下っ端でも市警察よりも随分上の立場だって」と先輩が耳打ちしてくれる。

 花糸かしと呼ばれた女性警官に手で追い払われるような仕草をされている様子から、少なくとも交番勤務ぐらいのポジションじゃないのかなとシガヤは過小評価を下す。


「勝手にドアーに入らないでねまどうくん」

 ……女警官の声に、シガヤは弾かれたように顔をあげた。今、自分に警告した? それとも聞き間違い? 此方に向きなおる若手警官と視線がぶつかる。茶色に焼けた目が大きく開かれ、その後に酷く歪んだことを覚えている。とても、とても分かりやすい表情の変化だった。しかしそれが嫌悪の発露だと理解するのには、時間がかかったように思う。


 警察官が早足で近づいてきたので研究室メンバーはまごついた。なんらかの難癖をつけられて叱責されると思ったのだろう。身構えた一同の前に責任者が一歩前に出る。

「こんばんは。皇都大学・飢村研究室の東征です。民俗学部の教授、ああいえ、魔神の研究者です。我々はこの事件の協力者ということで話が通ってるはずですが」

 テクニカルスタッフのひとりが「下っ端まで話通しとけよな」とシガヤの耳元で嘲笑う。シガヤはすばやく頷き返す。警察官は、協力者たちを一瞥し、最後にシガヤを見て……明確にシガヤに向けて謝罪した。

「人違いをした。すまない」

 高圧さばかりが先に出る態度にシガヤは不信感を覚えた。あのおまわりさんにゃ道を聞きたくないねと零せば、助手のひとりが「ほんとそれ」と同調してくれたものだ。


 これがシガヤとイチトのファーストコンタクトだ。態度のでかい男の高圧的な対応は、それはよくない第一印象をシガヤに与えた。

 思いかえせば女警官の声掛けは「惑羽一途」に向けたものである。発音かぶりとは、ややこしいことだ。



 ……。



「いやいやいやシンキングタイムがなげぇよ!!」

 ハバキから後頭部に手刀をくらってシガヤは我に返った。

「ツッコミ手厳しー!」

「何分、だんまり決めるつもりだよ!?」

「ごめんゴメン。どこからなら話せるかな~って最初っから思い返してて」

「最初からってオイ!」

 ハバキのぼやきにシガヤは曖昧に微笑む。なんなら出会う"前提"の出来事から思い返していたからまったく言い訳できない。当時のイチトと巻き込まれた異界落ちは大敗北にも等しい思い出なので、ピックアップも大変だ。


「ざっとでいーからよぉ。異界でなにが出たとか、イチトがどんな風におかしくなったとか……」

 大げさに頭をかいて話を促すハバキ。集中力が切れたのか視線は室内のあちこちに向けられている。キョロキョロと、何かを探すような動きにも見える。おそらくシガヤとの雑談は本命ではないのだろう、と聡明な真道助教授には察せられた。

「ざっとでいいんだ?」とシガヤは、ハバキからすこし興味をなくして笑う。

「オレとイチトくんが六人部むとべ幌加賀ホロカガの複合異界に落ちた。そのエリアが『亞屠ノ浜』って言われてんの」

「それってここでチーム組む前の話だよな?」

「そ。偶然同じ場所にいて、偶然巻き込まれたの」


 運命かよ、とハバキが引き気味の声を漏らした。運命ではない、とシガヤは心の中で断言する。ふたりが偶然、異界絡みの案件に巻き込まれやすかっただけ。博物館への召集も、偶然ふたりのまどうが引き受けただけ。それだけだ。


「魔禍濡れしたんか? そのハマで。あのイチトが」

 近ごろのハバキはよくそれを気にするとシガヤは気づいている。きっかけは、派手に幌加賀の魔禍濡れを起こしたシガヤのせいだろう。

「イチトくんも酷かったねぇ。オレもあの時がいちばんヤバかった」

「……いちばん?」

「そ。この間よりもず〜っと酷いヨ」

 近しい者の人が変わる様は、以降の見る目を変えてしまう。ハバキはもともとふたりの客員に対して親しげではなかったが、過去を話すことでそれがどれだけ悪影響を与えるのやら……シガヤは不安に思いながらも楽しんでいた。どうせ1年間の縁だと考えている。

「あの時のオレたちはもはや魔神の眷属になってたネ」

「眷属て」

「それで危うくオレとイチトくんで殺し合い」

「……。」

 わざと明るく告げればハバキの眉根が寄せられる。彼はシガヤの語る「異様さ」を好まない。どこまでも日常に属する人間なのだと思うし、そのままであってほしいと館内の誰もが祈っている――そんな想いをハバキに告げる機会は無いだろうとシガヤは心の隅で思いながら、饒舌に話を続けた。


「さて、殺し合いはどっちが勝ったからっていうと」

「ふたりとも生きてるからたいしたことねぇ話だろ」

「いやいや、そりゃ腕っぷしは当然イチトくんの方が強いんだけどサ。オレの方が六人部の魔禍濡れ起こしてたから」

「……上位種の方か?」

「そう。『令す六人部、秩序が主』……あははは、命令聞かすの大変だったよ、惑羽一途ってやつは」

 そこで言葉を切ればハバキの眉がつり上がった。嫌悪と侮蔑の現れだ。

「だからイチトってアンタの言うこと聞くんだな!?」

 ここまで相手が不機嫌そうだとシガヤの気分もかえってよくなる。

「バカ言うなよ。異界の相性が適用されるのは魔禍濡れしてる時だけだヨ〜。現にオレに支配の力は無いし、イチトくんも幌加賀の影響は残ってない」

 魔禍濡れという症状は結局のところ『排毒』である。人間の脳は、案外強い。


「……後遺症とかねぇのか? アンタらは帰還者って軽く言うけどよ、異界落ちって運が悪いといろいろあんだろ……」

 ハバキの視線が落ちる。シガヤは視線の先を追ったが、ふたりの足元以外は何も面白いものはない。室内灯による影は濃い。

「腕なくなったり足なくなったり。そういう話は無限に聞くぜ」

「オレらはこの通り、幸いね。でも身体が平気でも精神こころは焼ける。それが帰還者ってヤツ」

 その言葉にハバキは納得していない様子だった。しかし反論が思いつかないのか口元をもごもご動かすばかり。仕方なくシガヤは助け舟を出す。

「イチトくんの目ぇ見てみな? 大好きな甘いもの食べても、ずっと目が死んでるじゃんね」

「それはさすがにビフォーアフターがねぇとわかんねぇーよ。最初からそういう死んだ顔してる一族かもしんねぇだろ!」

「家族話ダメッ!」

「ヤベッッ!!」

 ふたりは慌ててイチトの方を見た。なんとイチトは、此方を、見ている! 光の伴わない、昏いのにどこかギラギラした目が此方を射抜いている……!


「ア、ア、これだけ言っておくネ……イチトくんと一緒には落ちない方がいいよ……あの子『絶対生還』を意地でも目指すから……!」

 近づいてくるイチトを認めてシガヤがハバキに、遺言のように告げた。カツカツ、響くワークブーツの音。あの日にシガヤの元へ来た時と同じ雰囲気をもってイチトが来る。

「え、え? いいことじゃねぇの?」

「『絶対生還』とやらは自分のことだけで」

 カツ、と靴音が止まる。イチトの影がふたりにかかる。

「同行者については、生死問わずだからネ」


 ……随分勿体つけてやってきたイチトだったが「俺の話をしていたか?」と鷹揚に問いかけた。シガヤとハバキは思わず「ふー」と大きなため息をつく。

「してたけど、大した話じゃないヨ。目が死んでてかっこいいよねって」

「大した話に聞こえるぞ。目を褒められるのは初めてだ。もう少し詳しくお聞きしたい」

「めちゃくちゃ余計なこと言っちゃった。助けてハバキくん」

「身から出た錆だろーが。いつも適当くっちゃべりやがって。後はてめぇでどーにかしな」

 薄情なことにデスクを離れるハバキ。その裾を掴んで引き止めて、最後にシガヤが一言アドバイス。

「イチトくんは鏡みたいな男だから。善意には善意を。敵意には敵意を。ハバキくんも覚えときなヨ」

「じゃあオレが笑えばイチトは笑ってくれんのか?」

「ほう、どこかで聞いた歌詞みたいだな」

「なんでてめぇが他人事みたいに言えんだよ……」


 ――呆れたフリをしながらハバキは、ふたりのまどうからさっさと離れる。イチトに会話を求められているシガヤはもうハバキを見ていない。腕を大きく伸ばして肩の緊張をほぐす、その動作で黒いグローブに包まれた手が、室内に積み上げられていた箱にぶつかった。あ、という間もなく、人工神器の備品やら使い物にならない魔神の遺骸やらが床に散らばる。


「あーもう何してんだよ枕木ぃ!」

「ドンマイ! なにか壊してないー?」

「回収ー回収ー!」


 ハバキのやらかしに気づいてにわかに活気づく鑑定室。その喧騒からも、ハバキは静かに身を引いた。

 皆が夢中になって物を拾う最中、視線を監視カメラに向けてタイミングを伺う。その目は険しい。いつも通りに。


 ハバキがカートリッジをひとつくすねたことには、誰も気がつかなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る