第35話「シらマナ【1】2班は早朝ジャージ出動」

『腕を前から上にあげて、ゆっくり大きく背伸びの運動』

 モルグ市の夏の早朝。

 公民館の駐車場には、子供たち、保護者、老人、そして2人の青年。


『腕を大きく横にふって、足を曲げ伸ばしましょう』

 惑羽一途まどうイチトは黒いジャージ姿。足元に置いたボディバックにはこの場に不要な警棒が2本ある。


『そのまま大きく、腕を回して』

 真道志願夜まどうシガヤはTシャツにハーフパンツ姿。私服は襟つきの服が多いシガヤにとってTシャツはパジャマ扱いも同じである。汗が一滴、シガヤの柔らかい髪を伝って地面に落ちた。


『左横に曲げて、右に向けて、前後に大きく曲げる運動!』

 蝉の声がうるさい。ジイイ、ジイ、ジイイイイ、と不規則に鳴く。

 並んだ小学生たちの一番手前では、六年生の児童が手本をしていた。十数名の児童が六年生の動きを見てラジオ体操。


「なんでオレらがラジオ体操にまで参加せにゃならんのよ」

 子の付き添いで来た親たちが、見慣れぬ若者ふたりを不審な目で眺めている。居心地の悪さを覚えるシガヤは小声で嘆いた。

「運動はした方がいいぞ。ラジオ体操は本来は労働者の為のものであり、運動不足を解消するためには最適な動きだと聞いた」

「でもさ~体うごかすなら普段からしてるじゃんね?」


『弾みをつけながら前に3回、ゆっくりと上半身を反らせましょう』

 やる気なく反動をつけて体操するシガヤ。イチトはピシピシと丁寧に動く。

「『赤い靴』だけでは使う筋肉が限られるぞ」

「……そういやイチトくんのジャージ、カッコイイよね」

 これ以上イチトの運動講義につきあえない。そう思ったシガヤは話題を逸らす。

「シガさんもそのTシャツ似合っているぞ」

「雑に褒めなくていいんだよ、男同士で褒めあう趣味ないし」

 シガヤのTシャツはお気に入りのゲームのコラボ品だが、イチトに言っても通じないだろうから伏せておいた。


『足を開いて斜め下に、正面で胸をそらして』

 録音された音声にあわせて集う人々は同じ動きをする。もしもラジオ体操という習慣がない存在がこの場に出会した場合、どんな印象を与えるかシガヤは一瞬だけ考えた。きっと不気味な儀式に見えるだろう。


 イチトの腕が左右に大きく伸ばされ、腕時計が朝の光を反射する。カツン、とシガヤの手に当たってしまい、ふたりは一瞬顔を合わせた。

「そういえば、下っ端ヤクザはジャージを着ることが多いな」

「へえ、そうなんだ」

 シガヤは眉を軽く釣り上げる。あまり興味のない話題だ。

「ジャージは安いし機能的だからな」

「ヤクザってみんなスーツと思ってたわ。てかなんで急にヤクザの話したの?」

「ジャージで思い出してな」


『深呼吸、深く息を吸って、大きく吐きだします』

 こうして夏休みの日課が終了し、子供たちはスタンプカードを持って六年生の前に並んだ。イチトとシガヤはスタンプカードなんて持っていないので遠巻きに見るだけだ。


「まー、いい気晴らしにはなったかな」

 ふたりの脳裏に、不座見ヤマヅ副館長との会話がよぎる――



 ……。



「ラジオ体操の集まりはいい井戸端会議の場所だ。私も何度、そこで魔神の情報を得たことか」

「副館長サン、ラジオ体操に参加するんですか? なんか似合っててウケますね」

「ウケるな。夏の間は欠かさずやっている」

「スタンプカードちゃんと押してもらってます?」

「残念なことに大人はスタンプカードの配布対象じゃないんだ」

「あ、押してもらいたいタイプなんすね副館長サン」

「そこまでラジオ対応に思い入れがあるとは稀有な人だ」

「ラジオ体操はうちの境内で行われていたからな。今はもう無いから、場所を変えているが。ああ懐かしい、クスノキの柔らかな木漏れ日が……」


 もう無い場所を想い、目を閉じる副館長。以降まるで通夜の席のようになった会議室については言及する必要はないだろう。



 ……。



 ふたりは体力づくりのためラジオ体操に参加したわけではない。

 情報収集のため、シガヤが保護者のひとりに向けて手をあげる。

 しかしその間に割って入るように、ひとりの児童がズンズンと歩み寄ってきた。


「ちょっとオジサン!」

 少女はシガヤを指さす。シガヤがイチトを見て、それからまた少女を見て、自分を指さした。女の子が力強く頷いたのでショックを受けた顔をする。

「やる気ないなら来ないでくれる? いい大人がそーいうのメーワクなんだけど」

 委員長タイプの女児だ。長い髪をポニーテールにして、水色Tシャツに短パンという出で立ち。スラリと伸びた白い手足が夏の日差しを受けて光る。

「いやいや、こういうのはまず参加することに意義があるんだヨ?」

「そーいうのはヘリクツっていうの!」

 マジメだなぁとシガヤは笑った。同時に「真っ先に魔神の餌食になるタイプ」とラベリングする。


「シガさん、子供相手にケンカはよくないぞ」

「絡まれてるだけだよォ」

「やるならやるで、抑えめでな」

「ケンカやめさたいのやらせたいの、どっち!?」

 駄弁りはじめた男ふたりを前に少女が地団駄を踏みはじめた。

「ふしんじんぶつなら、ケーサツよぶよ!」

 青色の防犯ブザーを時代劇の印籠のように突きつける。しかしイチトにもシガヤにも効果は薄い。ふたり揃って小さく笑う。

「警察ならここにいるヨ?」

 シガヤがイチトの頬を指さした。イチトは2回ほど頷いて見せる。

「……おにーさん、警察なの?」

「こっちは『おにいさん』なんかい!」


 オレけっこう童顔って言われるのに、と落ちこむシガヤをイチトは冷ややかに一瞥し、それから少女に目線をあわせるためにしゃがみ込む。

「きみに聞きたいことがあるんだが」

 平時より穏やかな声色だ。年下の子に気遣う調子はまるで誰かの兄のよう。


「きみは『シらマナの自由研究』を誰がやるのか知っているか?」


「なんで!」

 少女の表情が険しくなり、露骨な嫌悪感が浮かぶ。

「す、ストーカーだ! 警察よぶよ!」

「だから、この俺が警察だといっているだろう」

 イチトはポケットから警察手帳を取り出した。『皇都警察』の華美な紀章で飾られている特別製。市警察との紀章の違いが子供に伝わるかはわからなかったが、少女はたしかに頬を引きつらせた。


「さて、ストーカーとは何のことだ?」

「ワタシに『シらマナ』のこと聞くなんて、ストーカー以外ありえないし!」

 いーっだ、と言って舌を出すと、少女は踵を返して去っていく……遠巻きにやりとりを見ていた保護者たちにシガヤはペコリと頭を下げた。せめてもの「不審人物ではない」アピールだ。


「ガードが固い子だ。全ての子供は彼女のようであってほしい」

「うっかり情報を落とすとこまで含めてね。ほんと理想的だわ」

 シガヤが意地悪く目を細めて笑いかける。

「まさか初っ端から『アタリ』だなんて、運がいいじゃんね」

「日頃の行いだな」


 公民館前はすっかり人もまばらになった。目的を果たしたふたりにも長居の理由はない。しかし帰り際にひとりの保護者に捕まった。周囲を気にしながら、何かに怯えるように。


「あのぉ……あんまり大きな声じゃいえないですけど、綺空さんには関わらない方がいいですよ」

「ええっ、あの子、なにか事情があるんですか?」

 こういう時に相槌をうつのはシガヤの方が適任だ。


「綺空さんってヤクザの娘さんなのよ」


 シガヤは「エエ~そうなんですか!?」と本心から驚いて、イチトは「やはり綺空会か」とだけこぼす。聞き役として、シガヤは理想的な存在だ。シガヤのリアクションに満足した保護者は足早にこの場を去っていった。



 ……。



 イチトの「カフェで朝食でもどうだ」という提案により、ふたりは作戦会議の場を移す。道中の黄色い水たまりに清塩を投げこんだり、遠くの空を指差して十字の光について語りつつモルグ市の駅前通りへ。


 早朝のカフェはスーツ姿の人が多い。世間は夏休みと言えど世間的には普通の平日、イチトとシガヤだって仕事中の身だ。おタバコは吸われますかという店員の問いにシガヤは率先して「吸わないです」と答えた。


 シガヤはコーヒーを頼み、モーニングセットのトーストとゆで卵に「朝はあんまり入んないんだけどな」と苦笑しながら齧り付く。イチトはカフェオレに、たっぷり果実のカキ氷のイチゴ味。

「カキ氷でけー……オレ手伝わないからね」

「俺だけで完食できる見込みだ。でもこのイチゴは美味しいから、シガさんもひとつ食べるといい」

 カキ氷の上に乗せられていた瑞々しい果実をひとつ施され、シガヤはありがたくいただく。

「ん、美味しいありがと……ってイチトくん練乳追い討ちヤバいよその量!」

「そんなことより『シらマナ』について話がしたい」

「オレは今おさかなの話より練乳の方が俄然興味あるんだけどなァ……ッ!」


 ――『シらマナの自由研究』。

 モルグ市で小学六年生の児童が自主的に行なっている任意調査。


 調査内容は、市内の河川で見つかる銀色に光る魚の目撃記録。銀に光るということ以外は在来種と変わりがない。児童の結論は「レアカラー」程度に留められている。原因も生態も、深追いはない。


 数年に渡る継続の調査で、調査者は児童間で内密に引き継がれるようだ。つまり他の児童には共有されない秘密の研究。3回目の調査が市の自由研究コンクールの銀賞に選ばれたことで、博物館側は調査者の存在を捕捉した。自由研究をもとに場所を特定し銀に光る魚の駆除も滞りなく完了する。シらマナがKh型魔神に関連する事象ということも判明している。


 それで解決するはずだった。

 だが『シらマナ』は、その翌年も現れた。


 博物館の動きはどうしても後追いとなった。小学生の調査の方が確度が高いことを、夏の終わりに市立図書館の2階展示室で思い知る。どうやら児童の間だけで伝わっているシらマナの出現場所の捕捉方法があるようだ。


 ……今年は事前に児童と接触することで、鬼子キシ型魔神関連事象『白魚シらマナ』の発生を根絶させる算段だ。そのために回収員2班が駆り出された。


「モルグ市内の魚を『シらマナ』化させている魔神がいるか、市内のどこかに鬼子の異界へ繋がるドアーが在るか……」

 周囲の席は入れ替わり立ち替わり、スーツ姿の客がシャッフルされていく。

「小学生たちがそこまで調べてくれたら楽なのにサ」

「魔神側も、この時期に限った活動とは妙なものだ」

「季節限定ねぇ」

 シガヤはイチトの持つ銀のスプーンを目で追った。カキ氷に埋もれる大粒の苺がすくわれて、イチトの口に消えていく。


「それにしても、自由研究なんて懐かしいワ」

「俺はやったことがない。シガさんは何をしたんだ?」

「何やったっけなぁ。近くの川の水質検査とか……?」

「検査なんて、小学生なのにどうやって」

 空になったカップをテーブルの端に寄せながらシガヤは指を振る。

「子供向けにもそういうキットが売ってあるから、わざわざ買ってやったわ。うちの両親がそういうのさせるの好きな人らでさ」

「うちも父が熱心だったが姉しかやらなかったぞ。シガさんは偉いな」

「ハッ、結果を模造紙にまとめるだけで金賞もらえるんだもん! 偉いも何も、チョロい課題よ」


 シガヤの模造紙を表すジェスチャーを見ながらイチトがゆるい笑みを浮かべる。はじめて見る表情に、シガヤはわずかに居心地の悪さを覚えた。

「なんだよニヤニヤして」

「川に赴き調査内容をまとめることを簡単にやってのけるのがシガさんらしい」

「いやいや。川は近いし、ほんと、結果と写真をまとめただけなんだって。大げさすぎ」

「そういう研究気質が今のシガさんの礎になっているのだと思うと嬉しくてな」

 てっきり姉に重ねて笑ったのだと思い込んでいたので、シガヤの居心地の悪さは本格的なものとなった。

「イチトくんがうれしがるの意味わかんね……」

「姉さんも自由研究の時に写真を取っていたな。和室を占拠して、俺たち弟が入ろうとすると叱られた」

 ようやくイチトの『家族語り』になったのでシガヤは安心する。よもやそれを有り難がる日が来るとは。


「お姉さんはなんの研究を?」

「覚えているのは賽の目だな。何度も振って、出た目の写真を撮っていた。真剣な横顔が印象的で……」

 イチトはそこで言葉を切った。茶に焼け尽きた目がスゥと細められる。

「……いや、あれはきっと自由研究ではないな。ただの夏の課題で、鬼気迫る顔をする必要はないはずだ」

 そう言ってイチトは自分勝手に話を終える。シガヤは見たこともない「イチトの姉」の和室での様子を垣間見たような気がした。

 

 ――日暮れの和室、卓上を覗き込む学生服の生徒。目は焼け尽きて光は無い。祈りと怒りのちょうど中間の眼差しで、散らばる賽を見る。何かを証明するためのような、否定するためのような。汗が一筋、顎から落ちる――


 カラン、と清涼な音でシガヤは我に返った。イチトがカキ氷を完食し、器にスプーンを入れた音だ。

「そろそろ綺空彩華のもとへ向かうか」

「えっ、あっうん、そうだネ」

 白昼夢から立ち直りシガヤはスマートフォンを確認する。博物館のドローンがターゲットの移動をお知らせしてくれる。

 

 綺空彩華きくうアヤカ、彼女が今年の『シらマナ』の調査者だ。


「彼女、ヤクザの娘さんなんだっけ?」

「厄介だな。『綺空会』は、俺が皇都アルカ市で追っていたヤクザだ」

「なんでアルカ市のヤクザの娘がモルグ市になんかに?」

「さあな」

 イチトは伝票を手に持ち、興味なさそうに続ける。

「疎開じゃあないか?」



 ……。



 午前9時。2班のふたりはドローンを追って住宅街脇の河川に向かう。

 ラジオ体操からのカフェ、そこから直接向かったもので、ふたりともラジオ体操時の格好に『モルグ市魔神博物館』のカーキの外套ジャケットを羽織っただけだ。


「ハーパンとジャケットあわないな~現場ナメてる人の格好だよネ」

「蚊に喰われないようにな」

「虫除けの加護があるから平気っしょ」


 道なりに進めばドローンの下に目当ての人物を発見する。草むらの向こうで、黒いキャップをかぶった少女が振りかえった。

「ストーカー!? なんでココにいるの!?」

「こんにちは、綺空さん」

 シガヤが手を振るも、綺空彩華はシガヤからぷいっと顔を逸らす。そして川下に向かって声をかけた。

「りんごおじちゃん、コイツらだよ! さっき話した怪しいふたり!」


 その声を受け、ゆっくり立ち上がる人物が見える。随伴者がいると想定していなかったシガヤは面食らった。イチトはすでに身構えている。

 男は「ストーカー」と呼ばれたふたりを認識すると、素っ頓狂な声をあげた。

「あぁ? ウッソだろオイ」

 ジャージ姿で、黒髪をオールバックにした男。目は釣り上がっていて、まるで警戒する猫のよう。


「なぁんでここに『皇都警察』がいんだぁ?」

 あからさまなチンピラ口調。その腰には一振りの刀が下げられている。

「久しいな、討代倫悟うつしろリンゴ!」

 イチトもまた好戦的に男に近づいた。一定の距離を保って立ち止まり、ふたりは睨みあう。


「え、イチトくんのお知り合い!?」

「え、りんごおじちゃんの友達?」

 シガヤと彩華が同時に声をかけたが、睨みあうふたりは意に介さない。

「その刀をまだ持ち歩いていたとは。可及的速やかに国に献上しろ!」

 イチトが指摘したのは、討代と呼ばれた男の持つ刀だった。男は見せびらかすように刀を差しだす。黒色の鞘に黒色の持ち手。その鞘には大仰な許可証が、封印の札のように貼られていた。

「俺様が持ってても問題ないハズだぜ、トッポウさまさまだな!」


 ――特法トッポウとは通称だ。正式名称は「銃刀法限定解除特法」。魔神襲撃の折に突発で出されたルールのひとつで、個人が魔神から身を守るために凶器の携帯・使用が許される。

 現在は魔神の出現が落ち着いているので特法を終了すべきという意見と、まだ予断を許さない状況であるという意見が対立している。

 特に発言力の高い議員がこの法律で何らかの恩恵を受けているのか「限定解除の解除」を頑なに拒んでおり、この調子ではかつての銃刀法に戻るのは時間がかかることだろう……。


「討代、特法武器で人を傷つければ通常よりも重い罪になるんだぞ。喧嘩っ早いお前は持たない方が身を守れるはずだ」

「ヘッそんなこと言って、神器がほしくてしょうがないんでちゅねぇコートケーサツのおにーさん」

 一触即発の雰囲気の中、シガヤが頭を抱えてうなだれた。

「マジかよ、あの刀、神器なのかよぉ」


 神器は国の指示で製造される汎用神器と、いわゆる「天然物」がある。討代が持っているのは後者だろう。

「りんごおじちゃんのあの剣、かっこいいよ」

「へえ、どんな風にかっこいいの?」

 聞かせて聞かせて、とシガヤがしゃがんで少女に目線をあわせた。のけものにされているふたり同士で、ほんの少し仲良くなる。

「水色に光んの」

「Ag型かァ」

 シガヤの言葉を聞いて、彩華は首を傾げた。魔神の区分は一般市民には浸透していない。業界用語のような扱いだ。


「ねえねえ綺空さん、あのおじさんたちのケンカ止められないかな? きっとオレが言っても聞いてくんないんだよネ」

「そういうことなら任せなさい!」

 頼られるのが嬉しい性分らしい。彩華はシガヤの提案に喜んで乗った。キャップを後ろ前に変えて、ふたりの男の近くに駆け寄る。

「コラッりんごおじちゃん! ケンカはダメってお父さんに言われたの忘れた!?」

「へいへい、わかりましたよアヤカおじょうさん」


 鶴の一声だ。討代はイチトから距離を取ると、彩華の横についた。

「みてのとーり、今日の俺はかよわいおじょうさんを守るボディガード役なのよ」

 かよわい、の所で彩華から膝裏に蹴りを入れられたが、討代は耐える。


「警察に嗅ぎ回られることはなんっもしてねーの。ほら帰れ帰れ、帰りやがれ!」

「悪いけどコレ警察業務じゃないんだよネー」

 敵意むき出しのイチトに頼っていてはしょうがないと、シガヤが声をあげる。


「オレらもその子の『自由研究』手伝おうと思って」

「え?」

 もちろん彩華は驚いた。

 討代も、声には出さないが「は?」と言いたげなアホヅラを晒す。

「おじさんたちもシらマナ探すの? お手伝いって、なんで?」

「君の担任から頼まれたの。手伝ってあげてってさ!」

 手伝ってという話は多少盛ってある。また、名指しで指定されたわけではない。あくまで「あの研究を止めたい」と合意形成しただけである。


「ははーん、田中先生の差し金かぁ…」

 彩華はがっかりしたような、少し嬉しそうな、どちらともとれる声で担任の名前を呼んだ。悪い感触ではないと踏んだシガヤはもう一押しを試みる。

「それにたちも、本物の『シらマナ』見てみたいんだよネ」

 シガヤは「お兄さん」にとりわけ強い力を込める。

「ふぅーん、見たことないんだ。見たいんだァ。まぁうちの学年で知ってるの、ワタシだけだもんねぇ」

 品定めするような目をした後、彩華はヤクザに顔を向けた。

「……なにかあったら、りんごおじちゃんがこの人たち倒してくれるし、いいよね」

「まあなんて物騒な子!」

「こんなヨノナカだから!」


 彩華とシガヤは、危なっかしいやり取りを笑顔で交わす程度には打ち解けたようだ。一方で、ずっと面白くなさそうな顔をしている討代は、舌打ちするとシガヤに詰め寄る。並ぶと二者の背丈は近い。シガヤの方がわずかに高い。

 討代は黙ってシガヤを眺め、やがておもむろに手を伸ばし、シガヤの前髪を後ろに撫で付ける。

「いきなりなに!?」

「やっぱり」

 討代の代わりにイチトがため息をついた。

「……似ているな、シガさん」


 シガヤは反射的に思い出す。

 何度も嫌がられてきたオールバック。

 こちらを伺う討代倫悟は卑しいニヤつき笑いを浮かべている。

 すべて、この男が原因らしい。


「表情筋の使い方が違いすぎっしょ。似、て、い、ま、せ、ん!」

 否定するのはシガヤだけ。討代はむしろ乗り気のようだ。

「俺様になにかあったら、コイツ身代わりにできっかもしんねぇなァ」

「おっと、シガさんの爪の一片ほどでも貴様の命は釣りあわんぞ」


 互いに殴りかかろうとするふたりを止めるのに、シガヤと彩華はほんの少し時間を要したのであった。

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