狸の虚【6】碧の嵐に備えよ市民

 柄本家の朝は、これまでで一番の大騒動となった。

 美蔓の母が朝のゴミ捨てを忘れたと泣きわめいた時よりも、亡くなった祖父が虚の近くでネコを見たと騒いで駆け込んできた時よりも。


 異界性侵略的怪異、通称『魔神』が、列を成してやってきたものだから。


 美蔓の目から見て最も荒事に長けていそうなイチトは、相棒シガヤを伴って虚の底へ向かってしまった。そして父と大差ない歳のヤマヅと、まだ若い男女ハバキとスグリがこの家の防衛にあたるという。

 美蔓は不安でしょうがなかった。普通に生きてきて「戦い」なんて概念に接することがない。「怪異」とはすなわち「災い」であり、通り過ぎるのを祈り待つしかない相手だ。


「余計な物を呼び込んでしまってすまない」

 不座見ヤマヅが真剣な顔でふたりに謝罪する。

「いいんだよ」


 美蔓の父はなんら問題なさそうに答える。こんな状況でも穏やかな父に、美蔓は却って不安を覚える――のんびり屋の父さんは、この事態を深刻に捉えきれていないのではないかと。


「博物館側の検査結果によると、あの苔連中は鬼子キシ型の魔神で相違ないそうだ。ハバキ、スグリ。準備はいいか」

 ヤマヅは右手に小型の機械を握っている。美蔓の見間違いでなければアレはただの釘打ち機だ。ポケットからは紙の束が溢れていて、祭りの準備で資料に追われている時の父の身なりとだぶって見える。

「いつでも」

 屈伸運動していたハバキが黒い面を掲げる。面を彩るツノとキバは螺鈿らでんで華飾され、若い男が気軽に扱っていい物ではないように見受けられた。皮手袋グローブを付けているから、芸術品の扱いとしてはまだマシな方かもしれない。

「あの苔ぜんぶ殺せばいいの!?」

 無邪気に尋ねるスグリは、あろうことか何も持っていないように見える。素手で渦中に飛び込むつもりなのだろうか。

 

「苔連中に核とかねぇのかよ?」

「すぐに結果を出そうとするな。しらみつぶしで行きなさい」

 開け放した玄関引戸から湿り気を帯びた風が吹き込み、回収員たちの外套を揺らす。青白橡色をした布地は、柄本家の周囲で畝る苔たちの碧よりもずっとずっと暗い色に感じられる。


「あいつらの狙いはコレのようだ」

 ヤマヅが博物館のドローンを手に玄関先に立つ。朝日を反射して銀色の機械は宝物のように煌めいている。

「せめて陽動に使おうと思うが……人里から離れたこの家屋が、魔神の迎撃に最も都合が良い」

 最後まで言わずとも、晃正にはヤマヅの意図が伝わっていた。

「いいよ、我が家を貸すよ。でも室内は勘弁してくれると助かるね……旅行から帰った家内に言い訳しにくいから」

 へにゃりと笑う父を美蔓が小突くが、父は小声で「大丈夫、保険入ってるから」と返す。保険には魔神被害は含まれていないはずだが父は忘れている。


「柄本と娘さんは窓のない部屋に入るように。貴様の家なら高床座敷の間が適切だろう」

「おや、ちゃんと我が家の構造を把握してたんだね」

 この段になってようやく美蔓は置かれた状況に不安の声を漏らした。

「……うちが無駄に部屋あるから良かったけど、フツーの家ならフツーに魔神に襲われてる可能性もあったってこと……?」

 美蔓の辟易した言葉に、ヤマヅがはじめて笑ってみせた。

「ご実家に感謝しなさい」


 人が魔神に殺される時・殺されない時の『差』を理解させられた気がして、美蔓はゴクリと唾を飲む。立地、持ち物、居合わせた人。コンディションに知識に運、そのすべてはめぐり合わせだ。


「あんまり怖がらせるんじゃないよ。実際は、窓がある部屋でもある程度は弾けるだろう? きみの護符は質が良いからさ」

 父がヤマヅをやさしく嗜めるが、ヤマヅは鼻を鳴らして流すだけ。

「とにかく部屋にこもって決して出ないように。あとはモルグ市魔神博物館に任せなさい」

 昔話のようなヤマヅの言いつけに、側で聞いていたスグリも胸を叩くジェスチャーで追随する。


 しかし少女が怪異へ立ち向かう事態に美蔓は「任せる」とは頷けなかった。


「ほ、ほんとにスグリちゃんも、行くの?」

 美蔓の問いかけにスグリは満面の笑みを浮かべる。さらにその場でくるりとひとまわり。鴇色の長い髪が舞う。


「神さまを心配する必要はないのだよ市民!」


 村主スグリを『神』だと慕う者は、この場には居ないのにスグリは微笑む。



 ……。



 美蔓は鍵をかけた玄関から踵を返すと、一直線に階段を駆け上がった。

 背後から父が「おじいちゃんの部屋に行かなきゃだめじゃないか」と咎めるが、どんなに諌めても長女が言うことを聞かないことはわかっていだろう。


 二階、昨夜に男性陣が泊まっていた部屋に美蔓は駆け込み、ぐちゃぐちゃなままの布団に足を絡め取られながらもなんとか窓にたどり着く。

 カーテンを開ければ庇の上に立つの者がまっさきに視界に飛び込んだ。

 美蔓は思わず「ヒッ」と恐れの声を漏らす。夕陽色に全身を染め上げた、痩躯の化け物が瓦を踏みしめている。赤く染まった長いツノと黒毛の鬣。両手には過剰なほど長い爪。


 美蔓は慌てて窓の四隅に護符を貼った。父は、部屋の入口とクローゼットにのんびりと札を貼っている。

「部屋まで苔が入ってきたら掃除が大変だろうなぁ……」

「父さぁん! 苔なんかより、アレなにぃ!?」

 室内の声は届かないのか、化け物は背を向けたまま。風に靡いて鬣が揺れ、ボコボコとした背骨の目立つ背が呼吸にあわせて収縮している。


「『面長痩狗おもながそうく』。とある島に伝わる『鬼』だよ」

 父はゆっくりと語る。美蔓はいつだって、父のゆったりした語り口に宥められてきたが、この場ではそうもいかなかった。


「鬼ィ!? な、あ、あんなの、どこから、どうして」

「誰かが成ったんだろう。ハバキくん、かな」


 見慣れたことのように父が語るので、美蔓の目は父が遠い存在のように映る。所在なく父、窓、護符、外、と視線を彷徨わせていると、階下から碧色の噴水が吹き上がる――意志を持って襲いかかる苔たちだ。

 細身の鬼が大きく腕を振るえば、風に切り裂かれて苔が雲散霧消する。

「ふぁ、すご……」

 窓枠に区切られた外の光景は映画のようで現実味が薄い。外から聞こえるのは強い風の音ばかり。台風が近づく山道の不穏さに心細くなった幼少の記憶が蘇る。


 鬼が跳ねて屋根の下へ降りたので、争いの場は画面外に。美蔓は長い溜息をつくと、隣に立つ父を見上げた。

「……博物館って、いつもこんなことしてんの?」

「そうみたいだね。不座見くんも若くないのに、大変だ」

 眉をハの字にした父は窓の外を心配そうに覗き見ている。ここからでは玄関口の争いは伺えない。


「みっちゃん、見学はもう十分だよね。おじいちゃんの部屋に行こう」

「う、うん……みっちゃん呼びはやめてってば」

 腕を引かれて美蔓は窓から背を向ける。だがすぐに背後からガァンと大きな音が響き、思わず叫び声をあげて蹲った。

 とっさに振り返れば窓に博物館のドローンが体当たりをしている。碧の苔が亡霊のように絡んでドローンを支配している様子が見える。


 ドローンは明確に柄本邸の中に入ろうとしていた。退いてはぶつかるを繰り返すたび、窓に紫色の光が奔る……美蔓には分からぬことだが、憑子型の力を秘めた護符が苔の侵入を阻止している。

「父さん窓やぶられそう!!」

「大丈夫だ、このくらいなら……」

 縋る美蔓をなだめる父の、目が大きく大きく見開かれた。室内が陰り、今度こそガシャンと大きな音。うめき声とガラスの破片。不座見ヤマヅが、窓ガラスを破って室内に転がりこんできた。


「すまない柄本、連中にふっ飛ばされた……ッ」

 ヤマヅは血だらけの手で目元を探っている。彼が日頃身につけている丸メガネはもうこの場には無い。

 血から目を逸らした美蔓が次に見たものは窓の外で渦巻きこちらに狙いを定めている苔の群れだ。見える風となって怪異が聖域いえに突入しようとしている。

「チィッ」

 舌打ちをしたヤマヅが窓に向かって這う。どうあっても悪い予感しかせず美蔓は目をつぶってしまった。


 だから「ヤマヅ!」と父が叫んだ瞬間、何が起こったのかはわからない。


 シャラ、と清廉な鈴の音に薄目を開けば、和弓を構えた父の姿があった。

 険しい眼差しで外を見据え、父は破れた窓から外に出ていってしまう。ヤマヅもその後に続く。

 苔の姿はすでに無く、荒れた部屋に美蔓だけが取り残される。


「な、なんだよ……父さん……父さんだってんじゃん……」

 無力感から恨み節が喉を通って吐き出される。苦い味が絡んでいた。


 美蔓は、ただの農家だ。地縁森神社を継ぐ道を進まなかった。

 今この場では、昔話に出てくるような、天変地異に逃げ惑う農夫が「己に与えられた役」だった。

 せめて母がこの場にいればこの寂しさを分かち合えただろうか。


「……言いつけ通り、おじいちゃんの部屋に……」

 聞く相手もないはずの独り言を呟く。

 その声に呼応するように「クスクス」と子供たちの笑い声がしたものだから、美蔓は再び声を荒げた。


 涙目で顔をあげれば、窓の外で少女が微笑んでいる。

 太陽の光を背に受けて、鴇色の髪を靡かせながら。

「あのう、ミツルさん。窓を護符で補強するように、副館長から頼まれたんだけど……」

 護符を数枚差し出して、スグリは割れた窓の輪郭を視線でなぞる。丁子茶の眼が最後に美蔓を居抜き、慈悲を滲ませながら瞬いた。


「ひょっとして、村人になり一緒に戦いたかったりする?」


 美蔓は、何度も頷いて手を伸ばした。

 何かできることがあるならばと、立ち上がれるのは人間の美徳だ……。



 ……。



 時刻は遡ったのち順当に進み、今は『虚』の内部。笠棄て小道の帰路。


 惑羽イチトと真道シガヤの歩く先を、数匹の子狸がトコトコ先導している。

 イチトは両腕に亡骸ふたりを抱え、シガヤは亡骸ひとりを背負っていた。

 後ろからはすこし距離を置いてしめ縄を付けた狸がついてきている。先を行く子狸を見守っているようだ。


「……シガさん。ここの地主神は、誰が継ぐと思うか?」

「んー、イチトくんが見たかはわかんないけど。『陽留寝の底』に長いネコと細いタヌキが残っていたから、ふたり体制でやっていくんじゃない?」

「見てないな……そんな生き物がいたのか……」


 行きでは互いにこの道を懸命に駆けるばかりだったので、等間隔に並んだ石灯籠も狸地蔵にも気づかなかった。先を行っては地蔵の影に身を隠しながら、人間の様子を伺う子狸たちの初い姿にシガヤはすっかり絆されている。


「タヌキも存外かわいいネ。オレ、ネコ派なんだけどにゃあ」

「ところでシガさん」

「にゃんだね」

「今回はずいぶん引っ張られやすかったのだな。異界の奥に行ってしまうなんて」

「……急にぶっこんでくるじゃんね……」


 ゆるやかな風に乗って光と竹の葉が踊る。取り巻く空気は虚の最奥より軽く、それでも現世よりは粘性を感じる。

「思うに、あの先は、シガさんがかつて堕ちた異界に似ていたのではないだろうか?」

「……幸津サイヅの異界、か」


 シガヤの足が止まった。

 脳裏を31人の子供たちが駆けていく。

『1晩目の神隠し』の幻覚だ。


 呼吸が少しずつ早くなる、その時、先を歩いていた子狸たちが戻ってきて、シガヤの足元にまとわりついた。

 背後から親狸と思わしき個体が「ウワン」と鳴く。

 その声でシガヤは幻覚ざいあくかんを振り払った。


「……幸津サイヅの、Sd型の魔神の特徴は『侵食』だ」

 独白するシガヤの声は日頃の明瞭さを取り戻している。

「すっかり乗っ取られて、虚の最奥まで走りきった時にさぁ……苔タヌキ連中に飛びかかられて、1回派手にすっ転んだんだよ」

 クスクス笑うシガヤはすっかりいつもの調子に見えた。

「それで一瞬だけ結晶の魔神、仮称・ハタヒロの支配から逃れられてサ」

 子狸たちはフンフン鳴きながらシガヤのスラックスの裾にふわふわのしっぽを擦りつけている。

「顔あげたら、仮称・苔偽猫で緑に染まった地主神が居たってワケ。思わずテーザー乱発して祓ったけど。オレも地主神も、結局ハタヒロには支配されっぱなしで……」

 イチトは大岩の近くに落ちていたテーザー銃を思い出していた。


「いや、大狸も支配される前は己を取り戻していた。シガさんの献身のおかげだ」

「献身って、いちいち大げさな。業務の一貫でショ」

「そうだな」


 イチトの頷きを合図に、ふたりは再び歩きだす。

 小道を抜けて『虚』の入口が近づくにつれ、タヌキたちは1匹また1匹と回収員から離れていった。

 『大広間』と呼ばれる開けた場所にはイチトが待機を命じたドローンが待っている。

「真道志願夜は無事に確保した」

 イチトはドローンに告げると視線をシガヤに向ける。両腕が塞がっているイチトの代わりに、シガヤが追従のコマンドをドローンに入力した。


「フルネーム呼びされると緊張しちゃうネ」

「ヤマさんにいつもされてるだろう?」

「だから緊張するんだっての」


 軽口を叩きながら、そして背に見守る使いたちの視線を受けながら、ふたりは異界との境目たるクスノキの幹の道を通る。

 バシャ、と水からあがるような音が聞こえた時「ようやく帰ってきた」という感覚を覚えた。

 しかしふたりが解放された気持ちを口にすることは無い……。


 虚の入口に、が仁王立ちで立っていたからだ。


 ミディアムへアの若い女。カフェオレ色の制服に、『買付番』と書かれた腕章。


 勝ち気な眼差しがイチトとシガヤを順番に眺め、それからふたりの抱える死体を見た。


「まさかソレが回収した魔神ですか?」

「誰だ貴様は」

 慇懃無礼な女の問いかけに、イチトはストレートに無礼な問いかけで応じる。

「ア~、その制服、のひとでショ。このたびはウチのドローンの妨害工作おつかれさん」

「さぁなんの話でしょうか? そんなことより先に私の質問に答えてくれませんか!」

「彼らは異界落ちの犠牲者だ。俺たちはこれから市警察へ向かう。これ以上の妨害はよしてくれ」


 動物園の女はイチトとシガヤの目を見ようとしない。顔を見ている気配はあるが、視線があうのを極端に避けている。


「あとネ、おたくのお望みの魔神ならこの中には居ませんヨ。苔と鉱石を展示する? 植物コーナー新設する?」

 ドローンへの妨害は明らかなことなので彼女は敵だ。よってシガヤの煽りも止まらない。

「『苔の獣』が居たはずですが? まだ居ますか? どれくらいの深さに居ますか? 何匹くらい?」

 しかし女もまた自分の都合にしか興味がない。ドアーの前で互いに質問攻めだ。


「……貴様、まさか地主神の使いを捉える目的でこの状況を放置していたのではあるまいな」

 睨まれても女は一切目をあわせない。

「地主神? おもしろい戯言を。ドアーの向こうにあるのは異界でしょう? ならば居るのはすべて魔神です」

「屁理屈を!」

「あの、あんまり近づかないでください。私、、ダメなんです。ベジタリアンですし」

 意味の分からない言い訳にイチトが苛立って目を細める。シガヤは女のことよりイチトのことが心配になってきた。


「……貴様、名を名乗れ」

 凄むイチトに、女は頬を紅潮させる。

「名前なんて知ってどうするんです?」

「そりゃ動物園に苦情入れるに決まってるよネ」

「なら言いません」

「個人的に知りたいといったらどうだ?」

「そ、それならしょうがないですね~」


 絶対に興味がなさそうなイチトの声に踊らされ、女は懐からいそいそと名刺ケースを取り出した。仏で手が塞がっているイチトとシガヤの博物館ジャケットのポケットに名刺をねじ込む。


「『ズッカ』だと? 本名を開示しろ!」

 ねじ込まれる直前に名刺の文字を見たイチトが敵意を剥き出しに声を荒げた。

「マレビ市魔神動物園ではキーパーネーム制度を採用しているんです。魔神に呪われたくありませんから」

 そして『ズッカ』は両手をふたりの前に広げる。

「おたくの名刺は? 手が塞がってるならポケットをまさぐるのもやぶさかではありません」

「やぶさかであってヨそこは……」

「残念ながら俺たちは出向者だから名刺は無い。諦めろ」


 シガヤは大学助教授としての名刺は持ち歩いているが、イチトの方便に乗っておいた。素早く何度も頷くとズッカは残念そうな顔をみせる。


「ハイハイ、とにかく中での騒動はぜんぶ博物館が片付けたからあんたはもう用無しじゃんね。苔の獣は死にました。死体は内部の結界の修復に使いました。もう何も残ってませんヨ!」

「チッ、買付け失敗かぁ。博物館の野蛮人! なんでもかんでも殺す悪い癖! このことは園長に報告しておきますからね!」

「此方こそ館長に言っておくからな。妨害合戦を覚悟しておけ!!」

「ちょっやめてイチトくん! オレらまで同じ穴の狢に落ちることないから!」

「ムジナ、私は好きですよぉ。地元にいっぱい居たんです。それじゃあおふたりさん、またいつかどこかで!」


 マレビ市魔神博物館職員・ズッカはスクーターに跨ると、颯爽とその場を去っていった。


「……二度と会いたくねぇっての」

 シガヤがげんなりした声色で女が去った方向を見る。

「嘘がうまいなシガさんは」

 虚の中に潜む使いのタヌキやネコたちを思いやってイチトが労う。

「イチトくんは煽り返す癖やめない?」

「シガさんはいつも俺に何かをやめさせたがる」

「トラブルを阻止したいだけだって」


 少し離れた場所に停めていたバンにたどり着くと、後部座席に3人の亡骸を座らせる。通常、遺体は専用の袋に収容して運ぶが、犠牲者たちはマネキンのような姿になっていたこともありそのままシートに乗せることにした。

 出発準備が整うと、シガヤは運転席に乗り込み、イチトは助手席に座る。


「まず行くなら市警察だな」

「急に3人もの仏さん連れてきて、警察のひと腰抜かさないかな」

「昨日に受付の人と連絡先を交換している。一言入れておこう」

「意外とコミュ強じゃんね」

「こみゅきょう」

「耳慣れない言葉なら流しといてヨ」

「むう、シガさんはいつも専門用語を使おうとする。悪い癖だぞ」


 これはイチトを諌めたことへの仕返しだなと、シガヤは段々と相棒の性格が掴めてきた。

 ふっと笑みを零すとアクセルを踏む。そうしてドアーのある森を後にした。


「シガさん今笑ったな?」

「警官のくせに煽り耐性なさすぎでショ」

「警官かどうかは関係ないだろう」

「あーもうめんどくせっ」

「ほら笑ってる!」


 遠ざかるバンを何匹かのネコが見守っていたが、やがて長い尾を揺らめかせながら楠の穴へ順番に飛び込んで、それっきりだ。

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