Ⅳ 最後のクェスチョン

「はすみさんは新浜松駅発11時40分の電車に乗ったと書いていますが、その書き込みをしたのが0時29分。つまり一時間近くも電車は走っていたことになります」


 再び戻った夜の線路上で、なおも竹内は歩きながらリポートを続ける。


「と、その時です!」


「おーい! 危ないから線路の上歩いちゃ駄目だよ〜!」


 竹内の驚いたような顔のUPの後、そんなしわがれた男の声が周囲の闇に木霊する……振り返る竹内の視線を辿ると、10mほど向こうに片足だけのお爺さんが立っている。


 だが、次の瞬間。そのお爺さんもまるで霧散するかのように消え失せてしまう。


「ひぃ…!」


「あまりのことに怖くて動けなくなるはすみ。2ちゃんねらー達からは、駅に戻れ! いや戻るな! とまた二分した意見が多く寄せられる」


 顔を引き攣らせる竹内に被せ、男性ナレーションが入る。


「それでも、転んだり、ヒールが折れたりしながらも、なんとかはすみさんはトンネルの前まで辿り着きました」


 太鼓の音がより大きく聞こえる中、トンネルの入り口で止まる竹内が再び口を開く。


「そのトンネルの名前は〝伊佐貫いさぬき〟」 


 見上げる竹内の目線を追うと、入り口の上に嵌められた金属板には「伊佐貫いさぬき」と浮き彫りにされている。


「この〝伊佐貫〟という名のトンネルも、実際するトンネルに該当するものはない」


 トンネル名の書かれた金属板をバックに、そんな注釈をナレーションが入れる。


「この後、はすみさんはトンネルを無事抜けました。すると、トンネルを出た所に誰か立っています」


 また画面が切り替わると、真っ暗なトンネルを今まさに抜けようとする竹内の映像……若干明るい外には人のシルエットが見える。


「ようやく人に会えたことで安心したはすみさん。涙で顔がグシャグシャなので、はすみがお化けに間違われてしまうかもしれませんね…と、ジョークを飛ばすまでの余裕を見せます」


 その自虐的ジョークを口にしながら、竹内も手を目元にやって泣くフリをする。


「ですが、こんな深夜に人がいるというのはなんだか変ですよね? 2ちゃんねらー達からは、待て! はすみ! 行くな! と止めるコメントが寄せられます」


「それでも、はすみはその人物についていってしまう」


 竹内、ナレーションとまた交互にリレーしながら、進む竹内の前には一台の乗用車が止まっている。


「ご心配かけました。親切な方で近くの駅まで送ってくれる事になりました。そこにはビジネスホテルみたいなものがあるらしいです。皆様本当にありがとうございましたです……はすみさんはそう書き込みます」


 そうリポートしながら、その車の助手席へと乗り込む竹内。


「その人、ヤバイよ! と騒ぐ2ちゃんねらー達の中、そこがどこなのか地名聞いてくれないか? というコメントもあり、彼女がそれを尋ねると、車に乗せてくれた親切な人は〝比奈〟と答えます」


「〝比奈〟という地名に、絶対にありえないことだと思うのですが…と、はすみはコメントしている。これを静岡県富士市の比奈だと考察した者もいるが、そこは新浜松から120Kmも離れている」


 竹内の言葉を受け、ナレーションがその地名についての考察を紹介する。


「しばらく後、はすみさんから不穏な書き込みがありました……先程よりどんどん山の方に向かっています。とても車を置いておく場所があるとは思えないのですが。全然話してくれなくなってしまいました……」


「ヤバイ、110番しろ! この書き込みに2ちゅんねらー達は俄かに慌て出す」


 車の助手席に座り、はすみになりきって書き込みを読み上げる竹内と、2ちゃんねらー達の反応を再現するナレーション。


「もうバッテリーがピンチです。様子が変なので隙を見て逃げようと思っています。先程から訳のわからない独り言を呟きはじめました。いざという時の為に、一応これで最後の書き込みにします……午前3時44分。この書き込みを最後に、再びはすみさんがスレに現れることはありませんでした」


 竹内のその言葉とともに画面は徐々に暗くなってフェードアウトする……が、次に画面が切り替わると、そこは夜でも明るい、賑やかな街の駅前通りだ。


「ところが、それから7年後の2011年6月30日、怖い話を投稿するサイト〝奇譚blog〟に、はすみさんを名乗る人物が再び登場します。彼女の話によると、あの最後の書き込みの後……」


 竹内が回想するかの如く、また場面は真っ暗な深夜の景色に。


「乗せてくれた運転手の男は暗い森の中で車を停めました。すると、森の向こうに何やら光が!」


 画面でも暗い森の中に眩い光が煌々と輝いている。


「男の独り言はよくわからなかったのですが、さらに車の右の方から別の男が歩いて来て、はすみさんは恐怖を覚えます……と、その瞬間!」


 竹内の言葉を合図に、画面は眩しい光に包まれ、強い衝撃に彼女の乗った車も揺れる。


「ふと見れば、運転手の男は消えています」


「なんでここにいる! ここにいてはダメだ!今の運転手は消した、今のうちに逃げるんだ! …と、右から現れた男はひどく慌てた様子ではすみを車から降ろす」


 竹内に続き、謎の男を演じるナレーションの声が入る。


「光の方へ歩け! と、男に言われ、何がなんだかわからないまま、はすみさんは泣きながら走りました」


 そう言いながら竹内も走り、強い白光の中へと彼女の姿は消えてゆく……と、また画面が切り替わり、先程の賑やかな駅前の場所に。


「眩しくなくなったので目を開けてみると、そこは最寄駅の前。迎えに来た両親が車からはすみさんを呼んでいました……そう、もとの世界へ戻ってこれたんです」


 カメラがパーンすると、道端に停めた乗用車の車内から、窓越しに手を振る中年夫婦のが映る。


「それでは最後のクェスチョンです。こうして無事、もとの世界へ戻ることのできたはすみさんだったのですが……じつは彼女の身にあるとんでもない異変が起きていました。その異変とは、いったいなんだったのでしょうか?」


 竹内の出題とともに、またあのチャラララ、チャラララ、チャラララ、チャラララララ〜…というBGMが流れ、画面はスタジオへと戻った。

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