第十五話 チーム結成(その二)

  ♥


ぬしら、結局のところ互いを疎ましく思っとるのか?〉


 突然飛び込んできたいつもと違う声。ミギリ?

 でも止まらないボクの胸の裡は、いつものごとく反射的にその質問に応えてしまう。


 そんなこと、ない!

 ボクが大濠を好きなんだってことくらい、ニジリだって知ってるじゃんか!


〈なんじゃ。マドカか〉


 耳の奥でミギリが含み笑いしてる。

 痛恨。


〈ようきたな。このタイミングでとは、シネリキョ様々じゃ〉


 ミギリがからからと笑ってる。ボクの(大濠の)顔は火を噴き出しそうだ。


「うるさーい! あんたたちだっていっつも互いをけなしあってるじゃないか!? そんなんで和合とかできるわけないじゃん!」


 大濠の声でボクは吠えた。通話中なんてことはすっかり忘れて。




  ♠


 頭に響き渡る僕の声に耐えかねて、僕は思わずイヤホンを外してしまった。耳がきーんってなってる。


〈ひさしぶりじゃなダン。いつもマドカが我儘ばかり言ってすまんな〉


 ニジリか。

 や、和合のことなら僕の言い方が……


彼奴あやつは面倒な娘子むすめごでな。儂もほとほと手を焼いておる〉


 ニジリは僕の思考に被せてきた。


〈だがな、マドカは単にデレておるだけなのじゃ〉


 デレて? 照れてじゃなくて?


〈ツンデレとかいうのじゃろ、あの類いは〉


 契がツンデレ? 誰相手に? まさか僕?!


 夜の窓に映る契の顔と目が合った。頬が紅潮してる。

 え、マジで? 契が僕に? ツンデレ?! それってもしかして、契が僕のことをす

〈ところでダンよ〉


 僕の思考をぶった切るように、ニジリが呼びかけてきた。

 なんだよ、もう。


〈これは内緒なのじゃが、ミギリの奴、どうやって和合を識ったのじゃ。白状するが、儂ではそこまで潜れんかった〉


 ああ、そのことか。僕は知ってることを答えてやった。

 ミギリは時間をかけて何度も何度も、随分と根気強く潜ってたっけ。


〈そうか。たいしたもんじゃな。儂には到底できんことじゃ。その粘りは昔っからの彼奴あやつの美徳。敬服するしかないわ〉


 そう言って嘆息するニジリに僕は語り掛ける。

 それ、ミギリに直接言ってやんなよ。あ、でも方法が無えか。


 直接が無理ならこっちが代わりに伝えてやればいいか。そう思い、僕はさっき聞いたミギリの言葉をニジリに話してやる。


 そういえばミギリもさっき言ってたっけ。ニジリのこと、天賦の才人じゃって。身体を操るなんてことは、口惜しいけど吾にはできねえってさ。


〈そんなこと言うとったか〉


 なんとなく嬉し気な声色のニジリがそう応えてきた。




  ♥


 手元のスマホが震えてボクは我に返った。今はミギリと言い合いなんかしてる場合じゃない。

 無骨な手が持つスマホに目を向けると、見慣れない待ち受け画面のメールアイコンに着信のバッジがついている。つい習慣で指を当てると、当たり前だがメーラーが開いた。

 ごめん大濠、わざとじゃないよ。


 学習塾や出版社といった受験関係のDMがずらずらと並ぶ受信リストの一番上に、その太字の表題はあった。


【ご当選通知】日本橋大学文学部・招待型オープンキャンパス


 ナニコレ?

 大濠、こんなの応募してたの? ちょっと開いてみちゃおっかな。


 そんな不埒なことを考えていたら、画面上部にアテンション。

 ヤバ! 大濠から? それともニジリ?

 焦ってLINEを開くと、画面の端に最近覚えたアイコンが浮かんでいた。

 これって具志堅さんじゃね?


――いま送ったメールですが、この見学会は実際にはありません


 はあ?


――これは貴方達を上京させる方便です




  ♠


「高校二年生のあなたたちが二学期のど真ん中にわざわざ上京してくる理由なんてなかなか無いでしょ。ご家族と一緒に暮らしてるでしょうし」


 あのあとすぐ元に戻った僕らは、通話を一旦終わらせて、各々で日本橋大からのメールを読んだ。文中のリンク先は、まるで本物の見学案内みたいに具志堅さんが喋ってる動画。

 僕は契にひと声LINEしてから、臨時サミットの招集を流した。具志堅さんと中司さんからもすぐに受諾のスタンプが届き、ほどなくグループ動画通話がはじまったのだ。


「だから口実を立てたの」


 具志堅さんの口上を中司さんが繋いだ。


「手前味噌だけど、日本橋大学ってのはそこそこステータスがあるだろ。親世代に対してもさ。だからさ、そこから直々に招待されての見学会なら、あの世代への説得材料になるんじゃないかって」


「それであんなメールや動画までつくって?」


 僕の指摘に具志堅さんはアフロを掻いて頷いた。


「旅費や宿泊については私が面倒みます。ホントに勝手な頼みなんだけど、大濠くんと契さんにはどうしても来週末、東京に出てきて貰いたい。もうそのタイミングしかないのよ。お願い!」


 画面の向こうで頭を下げる具志堅さんは紫のマリモみたいに見えた。や、ここは笑っちゃいかんところ。


 説得しますと答えようと思ったら、隣の画面からハイッと元気いい返事がきた。やる気満々の契。その顔を見ると、さっきニジリから聞いた話を思い出してしまう。なんか照れ臭いぞ。




  ♥


 来週末には大濠と逢える。

 顔に出さないようにって思うけど、ついつい前のめりになっちゃう。


〈よかったなマドカ〉


 喉を鳴らして笑うニジリに無言で圧をかける。

 話変えなきゃ。手を上げるボク。


「ところでちょっと考えがあるんですけど」


 考えってなに? と具志堅さん。

 そんなのなんにもないよ。単に誤魔化しただけ。でもなんか言わなきゃ。えーっと


「ほら、ボクらってシネリキョの破壊工作阻止のために集まったチームなワケじゃないですか」


 破壊工作って、と大濠。そこ、ツッコむな!


「そ、そうね、確かに」


「で、折角だから、チーム名とか付けたらいいんじゃないかなあって」


「いいね、それ」


 中司ナカツーさんがノってきてくれた。


「こんなのどうよ。禍威神特設対策室専従班かいじんとくせつたいさくしつせんじゅうはん。略して禍特対かとくたい!」


 なにそれナカツー、かっこいい!


「まんまシンウルだじゃ。そんなん却下!」


 え? 元ネタあんの? ていうか大濠ってオタなの?


「じゃ、ストップ!シネリキョちゃん」


 マンガかよ。


「瑠璃対瑠璃で、ルリルリ」


 ナカツーさん、案出しはマシンガンだけど終わってる感が強過ぎ。

 まあでも、とりあえず誤魔化せたからヨシってとこかな。


 いい案も出ないしこの話は無しで、って締めようと思ったら、具志堅さんが手を上げてきた。


「チーム・ムシャーマでどう?」




  ♠


「ムシャーマっていうのは波照間島の伝統行事で、豊穣と安全を祈願した祭事の名前。元は二百年以上前からあった島東西の豊作を占う神事の綱引なんだけど、勝ち負けで部落の一年間が決まるから争いが絶えなかったらしいのよ。ムシャーマは、その小競り合いを収めたムシャーって人の名を取ったって言われてるお祭り。諸説はあるんだけどね」


 具志堅さんは流れるように知識を披露してくれた。

 さすが沖縄中世史の重鎮。重みが違う。争いを収めて豊穣を祈願するってのも、まさにこれって感じ。


〈ハティローマの綱引きか。吾も聞いたことはあるぞ。そうか、今の世にも神事は残っておるのじゃな〉


 ミギリも感慨深げに呟いている。


〈やはりここは地続きの世界なんじゃな。チーム・ムシャーマ。気に入ったぞ〉




  ♥


 ボクも大濠も、親の説得は上手くいった。ナカツーの言う通り、日本橋大ブランドはあの世代には絶大だった。過保護でうるさい父親までが、あそこ受かったら東京に行ってもいい、と言い出すくらい。もちろん今回の見学会のための欠席届も、ちゃんと書いて貰える確約が取れた。


――ところで気になったんだけど、日程増えてない? 打ち合わせのとき聞いてたのより、一日前倒しの集合になってるんだけど。


 大濠のLINEには「?」のスタンプで返信したが、実はそれ、ボクの注文だった。具志堅さんにお願いしたのだ。本番の集合前にボクと大濠で東京見物ができる一日が欲しいなあって。




  ★


 刹那なのか永遠なのか解らなくなるほどの長い刻を闇の中に居た。

 微睡まどろみの中、懐かしくも畏れ多い光を遠くに感じ、起き上がる力を求めた。

 いくつもの些末な粒を吸い、みなぎるにつれ欲が出る。自由な現身うつせみ懐旧かいきゅうの連れ合い、せめて一刻いっときの話し相手。

 一度だけ邂逅かいこうした光は揺すぶってみたが、交感も能わずに消えた。

 次回こそは。

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