第十三話 新たなる仲間
♣
深夜の展示室で枕元が震えた。
室内用テントのマットの上で寝ていた俺は、頭の後ろに置いている仕事用のスマホを手探りで掴む。
午前一時。画面に映っているのは知らない電話番号。
ほとんど使わない仕事の電話に、知らない相手から非常識な時間の着信。思い当たる節はひとつしかなかった。俺は失礼を承知で折り返しのボタンをタップする。そもそも先に掛けてきたのは向こうだしね。
ひとつ目の呼び出し音が鳴り終わる前に通話は繋がった。初めて聞く女性のか細い声が聞こえてくる。
「
あのときの眼鏡女子! やっと繋がった。
「
今まで吐き出せずに溜め込んでいた不安が堰を切ったように溢れ出し、思わず早口になる。
「あの」
俺の言葉の放水に、電話口の眼鏡っ娘が割り込むように言葉を差し込んできた。
「あなたもマブイを落として、石に、マブイルリに取り込まれているんですか?」
♥
電話して良かった。
中司さん、本当に不安だったんだろうな。電話口の声に、助かったって安堵感が丸わかりで乗ってきてたよ。でも逆に言えば、あんまり情報を持ってないってことかもしれない。
中司さんは別の解釈をしていたけど、やはりボクらと同じくマブイを石に取り込まれていた。だから今も展示室で寝泊まりしてる。
案内役の巫女はいない。
その代わりに、野生動物のような何かが常に一緒にいて、時折悪意のような力を放出してる感覚がある。そして、その度に地震を起こる。震源の場所がいつも会場のある場所だから、力の放出が地震の原因なのはほぼ間違いない。
放出を止めさせたいけれど、意思が通じてる気配はまったくない。
深夜の電話でニジリのサポートを受けながら聞き出した中司さんの話は、五月雨で投げといたLINEトークで大濠と共有した。
こちらから中司さんに話したことは、ボクも彼と同じくマブイを石に取り込まれたことと身体と連携できる有効距離、それとニジリという知恵袋のユタが同居してたことまでで、割れてしまってることや大濠とミギリ、アマミキョなんかについてはまだ伏せている。
今後の展開は、今日の夜に開催する
♦︎
――――
【地震♦︎♢大沖縄展♦︎♢ヤバイ】
福岡市/初日に震度六の直下型。死者無し、傷者二十六。※パパ活バレあり
広島市/会期終盤に震度五の直下型。死者無し、傷者三。
大津市/会期中に震度四〜三の群発地震。被害無し。
静岡市/初日にいきなり震度五の直下型。死傷者無し。展示物一部破損で公開中断。
これ、絶対なんかあるでしょ!
――――
所狭しと沖縄文献が並ぶ研究室。
執務机のデスクトップPCでまとめサイトの投稿を見つめながら、アフロヘアーの具志堅耀子は深い溜息をついた。
「アマミキョの封印石だと思ってた中司くんの瑠璃は、どうやら違ってたみたい。このリストを見せられたら一目瞭然よね。彼の石に封じられてるのはたぶん、破戒神シネリキョの方」
具志堅は『大沖縄展東京開催』のフライヤーに目をやった。東京ビッグサイトを背景に、さまざまな展示物の画が嵌め込まれている。むろん、蒼い瑠璃の画像も真ん中に。
「いまさら中止にしてくださいだなんて、とても……」
紫に染められたブロッコリーに両手を埋めて頭を抱えていると、横に置いたスマホが鳴りだした。表示名は『中司大』。
通話を開き、スピーカーフォンにする。
「そっちから掛けてくるのなんて珍しいわね。どうかした?」
屋外の背景音に、中司の返事が被ってきた。
「例の少女から連絡が来ました。明日の夜、グループLINEでビデオ通話をやります。教授も参加してくれますよね」
♥
「あの、
「はじめまして。
「暗い部屋からですみません。
「日本橋大学で考古学を教えてる
九月末のとある深夜、ボクら四人はLINEのビデオ会議室で繋がった。ニジリの『動かぬ豚はただのラフテー』って助言(?)に後押しされて。
昨日の大濠たちとの相談で、中司さんには手札を全部見せることにした。シネリキョが力の放出を地震に集中できるようになってきた今、情報の出し惜しみで時間を無駄にするのは得策じゃ無い、というミギリの意見が通ったのだ。
なによりも決め手は、中司さんのブレーンで沖縄中世史の重鎮、具志堅教授の存在。調べてみたら、その筋では超有名な先生らしい。夏の調査も、その先生の指導だったみたい。
彼女も今は画面に並んでる。とても大学教授とは思えない紫のアフロヘアー。六十過ぎなのに、おっしゃれー。
♠
僕と契がミギリとニジリの通訳となってここまで四か月の出来事をひと通り説明したあとに、具志堅教授が口を開いた。
「事の起こりは、あなたたちふたりが今年の五月に石垣でマブイルリを触ったところからって認識でいいのね」
教授は里帰りも兼ねて、毎年夏になると比嘉森の発掘実習を行ってると言った。いつもは親睦旅行みたいな緩い合宿なんだとも。でも、今年は様子が違ったらしい。
具志堅教授は話してくれた。今年の発掘はまるで誘導されていたようだった、と。
「あの瑠璃は、本当だったら私に取り憑くはずだった。中司くんが落ちたあの穴の道は、私が前を歩いてたから。でも急にスマホが鳴ったのよ。母からの、緊急性の欠片も無い電話」
紫が鮮やかなアフロヘアーを骨ばった指で掻き上げる彼女は話を続ける。
「母は、何十年も前に死んだ曾祖母の警告が聞こえて私に電話したのだと」
「代わって前に立った俺が穴に落ちたのはその直後」
右下の画面の中司さんが挟んできた。すぐそのあとを引き取る具志堅さん。流石は教授と助手だ。見事な連携プレイ。
「曾祖母が私を引き留めたんだと思ってます。シネリキョに呼ばれてふらふらと誘い込まれていたユタの子孫の私を助けるために。結果としてそれが、中司くんを巻き込むことになっちゃったんだけど」
僕の耳元でミギリが囁いた。
〈亡くなったユタの残留思念か。そういうこともあるやもしれん〉
♥
「具志堅さんって、ユタなの?」
前のめりになるボク。だってもしも具志堅さんがユタだったら、ボクらのマブイを戻せるかもしれないじゃん。
おい、勝手なことを、と
「残念ながら。契さんマブイ戻しを期待してだろうけど、それができるんならとうに中司くんを戻してる」
そっかあ。そりゃそうだ。
〈そうは言うても素養はあるんじゃろうな。シネリキョが欲しがるくらいじゃからな〉
耳元でニジリが囁いてきた。
そうなのとボク。
〈少なくともこの御仁のおばあは、おそらくたいしたユタじゃぞ。死んでまで子孫を護るなんぞ、生半可で持てる力ではないわ〉
儂ほどではないがな、と付け加えるニジリ。ほんっと負けず嫌いなんだから。
〈そんなことより石の様子を聞け〉
ニジリの指示でボクは渋々、中司さんに尋ねてみる。知らない男と話すの苦手なんだけどな。
「その、そっちの石って今はどんな感じなんです?」
ちょっと待っててと言って、中司さんはカメラを展示の瑠璃に近づけてくれた。
大濠が呟いた。
「なんか光、強くなってね?」
確かに。
♠
青みを増している石の映像を見つめながら僕はミギリの言葉を皆に伝える。
「兆候はよくない、ってミギリが言ってます。東京の開催を止めることはできないのか、とも」
渋面になった具志堅さんが重そうに口を開いた。
「残念だけどそれは無理。沢山いる関係者を説得しきるだけの材料を用意できない」
〈
ミギリが耳元で呟いた。
「大濠さん、契さん。お二人の巫女に聞いて欲しいんだけど、シネリキョを止める方法は何かあるの?」
具志堅さんの質問に、僕だけしか聞こえないミギリの声が即答する。
〈アマミキョ様に起きていただくことじゃ〉
その声を伝えようとしたら、契が先に応えた。
「アマミキョを目覚めさせるしかない、です」
そう言い切る契の言葉に僕も頷いてみせる。
具志堅さんは少しだけ目線を落した。
「やっぱりそう」
♥
「そのためにはまず、アマミキョの瑠璃を元に戻す必要があります」
大濠がやけにはっきりと言った。
〈そうじゃ、儂らの石をひとつに戻さんといかん〉
だよねー。ニジリ、なんか秘策はないの?
〈ユタの秘伝には見当たらん。そもそもマブイルリが割れるなど……〉
「その方法をミギリが今調べてます」
なんかわかんないけど大濠がおどおどしてない! しかも標準語!
〈なんと! 彼奴、何事か見つけ出したというのか。ぐぬぬぬ〉
ぐぬぬじゃなくて、ちゃんと感心しなさいよ。
「それって、さっき見せてくれたあなたたちの石をくっつけて元の形に戻すってこと? 物理的に? そんなことできるの?」
具志堅さんも驚いてる。
♠
「眠ってるアマミキョの記憶の深いところにマブイルリの融合についての秘伝があった、ってミギリが言ってます。」
具志堅さんの顔に精気が戻った。
「すぐに、すぐに実現できるの? それは」
〈この御仁、気が
僕がミギリに代わって答える。
「まだ不明な点が多くて。でも可能性はあるそうだ、って」
♥
「なにそれ大濠、ボク聞いてないよそんなこと」
マジ聞いてない隠し球。ニジリじゃないけど、置いてけぼりされた気がして、ボクは口を尖らせた。
「ごめん契。隠してた訳じゃ無いっけ。まだハッキリしねぇとこが多過ぎて。そろそろきちんと相談しねばってミギリとも言ってたっけ、ちょっとおしょすくて」
おしょすくて?
♠
初対面にしては突っ込んだサミットだった。気がつけば一時間半。お互いそれだけ切実だったってことか。
〈なあダンよ、なぜに和合のことを濁したのじゃ。吾はもう、大概のことは判っておるぞ。次に必要なのは実地だけじゃ〉
いや、だからその実地って部分が問題で。
婆さんに、このもやもやは伝わらない。
〈単純な話じゃ。主とマドカが実際に逢って、二つの石を隙間無く繋いだ状態で、主ら互いが混じり合いひとつになるよう、石と同様に身も心も重ね合わせる。それだけのことじゃ〉
「めちゃめちゃセンシティブだじゃ!」
僕は思わず声を上げた。
僕だけの話じゃない。たぶん契も、全くの未経験で純朴な高校生なんだよ!
鉾先を変えるためにも、僕は彼らの方に話を振った。
「
〈それは……まあいざとなったらなんとかなるわ……たぶん〉
ほらぁ。そっちだって怪しいっけ。
〈そうは言うが、伝えんことには始まらぬ〉
そりゃそりゃそうなんだけど。
逡巡する僕に、ミギリは畳み掛ける。
〈
♥
なんっか怪しいよね、あいつら。
〈うむ。儂もそう思うぞ。彼奴らは何か重要なことを隠しておる〉
あーもどかしい!
入れ替わっちゃえばミギリを直接追求できるってのに。もう、なにやってんのよシネリキョは。
〈マドカよ、それは流石にご都合主義が過ぎるのではないか〉
ニジリに正論で突っ込まれた!
〈しかしミギリの奴がなにか奥の手を持っておるのは間違いあるまい。そしてそれはおそらくダンとも共有しておる〉
ニジリの意見に、ボクも大きく頷く。
〈そこでじゃマドカ、儂にひとつ考えがある。どうじゃ? 話を聞くか?〉
聞く聞く。聞かいでか。
〈うぬはダンの日常の動きを概ね把握しておるな?〉
♠
山田線はとにかく本数が少ない。高校の最寄りから自宅近くの
駅舎を出たところで僕のスマホが鳴り出した。
「大濠、今ヒマだよね。昨日の続き、ちょっといい?」
いつも通りのぞんざい口調がスマホから声で流れてきた。こんな時間に契からの通話だなんて珍しい。そう思いながらも心が浮き立つのがわかる。
「あのさ大濠。なんか言い淀んでたよね、石戻す話。アレさ、聞いてるんだよねミギリから。詳しいことを」
いきなりその話?
「ボク調べたんだ、おしょす。恥ずかしいって意味なんだってね。なに? 石の復活の何が恥ずかしいの?」
ヤバい。核心を突いてきた。心の準備ができてないよ。ミギリ~、寝てんの?
「自信ありげだったりキョドってたり、ヘンだったんだよね。ホントはさ、ちゃんと判ってんでしょ。復活の秘伝のやり方を」
♥
〈カマかけてみるのじゃ〉
昨夜、ニジリはボクにそう言った。
〈お前らの考えなんぞ概ね判っとるぞ、みたいな感じでじゃ〉
え? どゆこと?
〈ダンの気の抜けた時間を見繕って、うぬが直接聞き出せということじゃ〉
大濠の気の抜けた時間帯で、しかもピンポイントで狙える時間。
やっぱ夜の帰り道かな。
「それは……」
ほら。やっぱりなんか隠してる。瑠璃の合成ってくらいだから、無理なことしなきゃいけないのかな。大事なものとの交換とか。
ここぞという刻は
「大濠のことなら何でも知ってるボクにも話せないってこと?」
息遣いと夜の気配だけが聞こえるイヤホンの先で、やっと大濠が観念した。
「わかったよ。話すよ」
♠
諦めた。もはや話すしかあるまい。
夜気を吸い込んだ僕は、覚悟を決めて語り出す。
「夏休みが始まる頃、ミギリと連絡がつかないときがあったっけ」
「ボクがアドレス書いた頃?」
「ん。契とオンラインで繋がった時期。あんときミギリは……」
「アマちゃんの深いとこ潜ってなんか調べてたって大濠、言ってたよね」
「んだ。ミギリはあんとき見つけてきたっけ。『和合』っていうのを。ふたつの瑠璃をひとつにする秘技」
「わごう?」
「んだ。そんときはまだ
「そんな大事なこと、なんで共有しなかったのよ」
「
契が黙り込んだ。僕もひと呼吸置く。
見上げると満点の星空。天頂を横断する天の川でカシオペア座とはくちょう座が追いかけっこをしてる。この
ちゃんと伝えれば契だってわかってくれるべ。
気持ちを仕切り直し、僕はミギリから聞いた説明をはじめた。
「アマミキョは石のエンジンなんだっけ。そのエンジンを復活させるには割れた石を戻さねばなんねえ。シネリキョ抑えるにはアマミキョの力が絶対必要だからさ。そこまではわかるっけ?」
「うん」
「和合の儀ってのは、ふたつの瑠璃をひとつにするための秘技なんだ。もちろんだども、それには条件があるっけ。
「ボクらがなにすればいいの?」
「
「それから?」
「……心と体を重ね合わせてひとつになる」
スマホの向こうで契が絶句した。
♥
な、なに言ってんの、この男。
心と体を重ね合わせてひとつになるって。それってセッ……じゃん!
「ヘンタイ! セクハラ! 大濠のバカーッ!」
自分の部屋にいることも忘れ、ボクは大声を上げてしまった。
「だからしょすいって言ったっけ」
イヤホンの向こうの大濠が蚊の鳴くような声で言い訳してる。
♦♣
福岡の
「瑠璃は?」
「部屋に置いてあります。距離的にこの程度なら問題ないんで」
「常に身近に置いとかないと危ないのでは」
「いや、あんまり近いとシネリキョの念が強くってきついんです」
「近いって、あなたたち同じ石の中にいるんじゃないの?」
「体へのフィードバックはやっぱりあるんです。それに人が多いとこ持ってきて、勝手にストレスの吸収とか始められちゃうとマズいですし」
確かに、と頷く具志堅に、中司が尋ねてきた。
「それよりも、東京開催は来週末ですよ。大丈夫なんですか?」
「全然大丈夫じゃ無い。準備もなにも。なによりも、あのふたりを呼ばないと始まらないのよ。でも彼らはまだ高校生だし、夏休みでもないのに上京させるにはなかなかうまい理由が見つからなくて……」
思案顔の具志堅は腕組みをして俯いている。中司が口を開いた。
「俺に考えがあります。高校二年生の彼女たちが秋に東京に出てくる取って置きの口実が」
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