第二話 発現

  ♥


〈起きろわらし


 誰かの声が聞こえる。

 知らない声。ぜんぜん聞き覚えはない。たぶん大人。口調からしてお婆さん、かな。

 とにかく背中が冷たいよ。


〈さっさと起きんか、この餓鬼が!〉


 アタマにがんがん響く大声に堪らず、ボクは目を開けた。

 薄暗い部屋。


 いや、部屋じゃない!

 ここは洞窟のはず。変な形のあおく光る石を見つけて、それを手に取って……。


 そこから先の記憶は無い。



 ゆっくりと身体を起こした。肘やら腰やら頭やら、痛いところはあちこちあるけど、どれも軽めの打ち身みたい。


 大きな怪我をしてる様子はないや。地面が平らな土間だったのが幸いしたんだろうな。


 さっきより薄暗い。

 座り込んだ姿勢のままで横を見ると、男の子が倒れてる。大濠おおほりくん、だっけ。一緒に地下に降りて来てくれた。


 あ、それよりも石! 光ってたあの石はどうなったの?!


 あたりを見回す。が、探すまでもなかった。そもそもこの部屋の光源は、石そのものなのだから。

 ボクのすぐ前に落ちてるそれは、明るさが減って、大きさもさっきよりも縮んでる感じ。なにも考えずに手を伸ばし、拾ってみる。一方の面が鏡のように平らになっていた。


 あれ? こんなんだったっけ?


〈うぬらが割ってしまったのよ〉


 え? 誰、あんた?




  ♠


 隣の動く気配で気がついた。


 倒れてた。なんで?


〈目醒たようじゃな〉


 誰? なに?


われはミギリ。この島のノロじゃ。いや、ノロじゃったというべきか〉


 耳のすぐ横から聴こえてくるその声はかなり年配のそれだった。男か女かもわからない。


〈女じゃ、うつけ!〉


 なにこれ。僕、声出してないよね。思ったことがガラス張りになってんの?


〈お主とわれは同じ処におるからの。そこの石、マブイルリを拾うてみい〉


 そこ、がどこを差しているのか、なぜか自然にわかった。いや、目立つものはそれしかなかったから、見つけるのは道理ってもんか。


 寝ころんだままの僕は、顔のすぐ横に転がってる光る石に手を伸ばした。さっき受け止めた石。ソフトボールくらいのサイズだったはず。でも形が違う。というか、小さい。


 半分、くらい?


〈綺麗に半分になっとる。お主らが落としたからじゃ。いや、違うかもしれん。そう簡単に割れる石でもないでな〉


 ミギリと名乗る婆さんは、僕の質問に答えつつ自問自答している。




  ♥


〈儂を知らんのか、このたわけが! 島で随一、最強ユタとの誉れも高いこの儂、ニジリ様のことを〉


 突然頭の中に湧いてきたくせに、なにこの婆さんのでかい態度は。


〈湧いてきたのはうぬの方じゃ。ひとが気持ちよう寝とったところに勝手に落っこちてきよって。のうミギリ〉


 混乱するボクの後ろで大濠おおほりが呻き声を上げた。


 気づいたみたい。




  ♠


 ミギリ婆さんの話を聞いてたら、後ろから声をかけられた。


大濠おおほり、怪我してない?」


 ちぎりだ。僕も肘で支えるように身体を起こして、声に応じた。


「身体は大丈夫だっけ。でも頭ン中がちぃっと」


「もしかして、別の人がいたりする?」


 え? なんでわかるの? もしかして僕のアタマ、ちぎりにもダダ漏れ?


「うん。信じ難いだけんど、さっきからミギリって婆さんが喋っとる」




  ♥


〈ミギリ、そっちにおったか! 道理で気配が無いと思ったわ〉


「知り合いなの?」


〈知り合いも何も、ふたりしてアマミキョ様を抑えておったのじゃ。ま、儂ひとりでもできたがの〉


「アマミキョ様?」


 ふと見ると大濠おおほりがきょとんとした顔してる。なに、その怪しい人を見る目は。


ちぎり……さん、もしかしておめも誰かと話してるっけ? 頭ン中で」


 頭がおかしいなんて思われたら、せっかくの主従関係が崩れちゃう。ボクは思いっきり身の潔白を主張した。


「そうよ! ニジリっていうめっちゃエラそうな婆さんと!」




  ♠


 ちぎりと僕は、お互いが中の婆さんの話を聞きながら情報を交換した。

 どうやら婆さんたちは石の中に棲んでいる大昔の巫女で、元は普通の人間だったんだけど、アマミキョって神様が暴走しかけてたのを共闘して治めたときからこうなってるらしい。

 ミギリはノロで、ニジリさんはユタ。「ノロ」はよく判らないけど、「ユタ」なら聞いたことがある気がする。たしか、修学旅行のガイドつくるとき調べた本に出てたっけ。


〈ノロは王国勅使の祭司じゃ。ユタの如き民草の口寄せなぞとは格が違う〉


 頭ン中のミギリが、静かな語りだけどさりげなくニジリさんをディスってる。たぶんちぎりの方でもニジリさんが逆のこと言っているのだろう。

 とにかくふたりはアマミキョの封じ込めに見事成功した。そのとき使われたというのがマブイルリ。あの石だ。彼女たちは、そこに神様と一緒に封印されたのだ。




  ♥


 まだ世界がミネストローネスープみたいに混沌としていた頃、アマミキョという女の神様が現れて琉球世界を作り始めたんだそうな。

 まず最初、自分の体の一部を使って男の神シネリキョを産み出し、伴侶とした。

 それから島の大地を生み出して、豊かな作物や海産物が採れるようにしていった……。


 よくある国造りの伝説ね。古事記みたいな伝承。


 でも神様ってやつはときどき気まぐれを起こす。

 緑豊かな自然や豊富な海産物で琉球の王国は見事に栄えるんだけど、そのときどきの気まぐれで大きな打撃を受けることもしばしばあった。


 うんうん、わかるわかる。所謂自然現象だもんね。


〈ちょうど儂らのいた時代にもアマミキョ様はへそを曲げられて、国が滅びそうになったのだ〉


 そうニジリは語った。


 暴走がエスカレートしていく神様たちを鎮めるために、王国中のユタが集められた。封じ込めのために、神聖な山で掘り出された貴重な瑠璃をいくつも使った。

 そして主神アマミキョには、史上最強のユタを称されるニジリ、つまり自分を巫女に登用し、ついでにノロの祭司長だったミギリを補佐として儀式を執行したという。

 国宝級の瑠璃を手にして。




  ♠


 ふたりの(主にミギリの)力によりアマミキョ様は怒りを鎮め、自ら進んでマブイルリに封じられることになった。だが直前になって、アマミキョ様が我儘を言い出した。ひとりきりで封じられるのは寂しい、と。ミギリと、ついでにニジリのマブイも同伴として入らないのであれば、また暴れる、とまで。


〈かくして、神様と巫女ふたりを封印した石ができあがったというワケじゃ〉


 さまざまな聞き慣れない単語が出てくるので、摺り合わせての説明で理解できたのは正直なところ半分以下だと思う。とは言えラノベやアニメを標準で履修してる僕ら世代にとって、この程度のアウトラインならむしろ楽勝とも言える。むろん「フィクション」なら、という但し書きはつくけれど。

 それはそれとして、話の中でとくにわからず、しかもちょくちょく出てきた単語について、僕は声にして尋ねてみた。


「マブイって、なんね?」




  ♥


 大濠がしてくれた代表質問、ボクも気になってた言葉だ。


 なんなの? マブイって。


〈そこからか! うぬらは本当に物知らずじゃの。まあええ。せっかくじゃから教えてやろう。マブイとは人のからだに宿り、生命や精神を司っておる大事なものじゃ。マブイが無ければ人なんぞただの木偶の坊じゃ。うぬらヤマトンチュの言葉で言えば魂といったところじゃろ。そしてその魂を封じる石。それがマブイルリじゃ〉


 なにそれ、スピリチュアル?

 ボク好みの設定ということは概ね理解した。要するにファンタジーの世界ってことよね。ふんふん。


 事態の深刻度をまるで理解していないボクは、軽い調子でニジリの話を聞いていた。それよりもなによりも一番わからないのは、ボクと大濠の頭の中になぜに彼女らが存在するのかということ。


 ニジリたちはその石、マブイルリとやらの中にいたんじゃないの? ボクらの頭ははマブイの貸金庫じゃないんですけどぉ。


〈わかっとらんようじゃな。落ちたのはうぬらのマブイの方じゃ〉




  ♠


 琉球の伝承にはマブイ落としというのがある。いや、今の現代でも普通にあるらしい。心と身体の接続がうまくいっていない人、ぼーっとするようになった人は、どこかでマブイを落としてきてしまってるというのだ。そして、それを探して本人に戻してやるのも民間の霊媒師、ユタの仕事のひとつなんだとか。


〈下賤なユタにはお似合いの仕事じゃ〉


 ミギリは憎まれ口を叩く。


 ニジリさんの主な仕事はわかったっけ、それが今の僕らとどう繋がる?




  ♥


「ボクらが魂を落としたってこと? じゃあ、じゃあさ。今動いてるこの身体はいったいどうなってるの?! こうして動けてんのに。自分の考えで!」


 頭の中で聞かされたニジリの言葉に思わずボクは声を上げ、身振りも加えて問い詰める。大濠も驚いた顔でボクを見た。


〈マブイの抜けた今のうぬらのからだ屍人しびと同然の抜け殻じゃ。生きて動いてはおるが、中身の主人がおらん。そうやって普通に動けとるのは、すぐ傍にマブイがおるからじゃ〉




  ♠


 突然怒ったように声を荒げていたちぎりが、手元の石を見つめながら、たぶんニジリの説明を聞き終えた途端に表情が変わった。気になった僕は、ミギリとの対話を中断して尋ねた。


「ニジリさん、なんて言ってんの?」


 虚ろな目で僕を見たちぎりは、弱々しい声でこう答えた。


「ボクたち、ゾンビなんだって」


「ゾンビぃ?!」


「魂を、マブイを落としたから、体は死人なんだって」


 どういうこと?

 僕ら、もう死んでるってこと?!

 それじゃ、今のこの会話はいったいなに?

 もしかしてここは既に幽世かくりよで、僕らのやりとりはそこでのことだっての?


 パニックに陥りそうになった僕の耳元で、ミギリが強い言葉をぶつけてくれた。


〈童よ、狼狽えるでない。ぬしからだは死んではおらぬ。生きていくための機能は正常に動いておるから安心せい。じゃがな、マブイが抜けておるのは本当じゃ。今の主らのマブイは主らの躰から抜け落ちて、吾らとともにそのマブイルリの中におる。わかるか? 主と吾は、いわば同居人なのじゃ〉

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