沖縄怪異奇譚 うれしぐすくぬー

深海くじら🐋『駅ヰタ【FAU】』🏫連載中

第一話 エンカウント

 見渡す限りの全周をさえぎるものの何もない完璧な青空。

 浮いているのは白い綿雲ひとつだけ。

 ぼやけた果てを真横に区切るのは水平線。手前ほど明るいエメラルドグリーンのグラデーションが、視界の下半分全てを占領している。

 ここは石垣島。南西の果てに浮かぶ八重山諸島で一番の観光島。

 ぼくたちの物語は、この島からはじまった。




  ♥


「なんでよりによって石垣島なんね」


「ホント。沖縄って聞けばフツーは国際通りって思うっちゃ」


 あー。なんでこんな班にされちゃったんだろ。全ては班決めの日に熱出して休んでしまった不摂生な自分の所為なんだけど。ゆかりやミコたちも友だち甲斐が無い。いくら別班の読書ペアに誘われたからって、ボクをのけ者にするなんて酷いじゃないか。同じコミュ障仲間のくせに。


 ボクは話の合わないギャル達から離れ、独り後をついて青空の下を歩く。




 初夏の石垣島。高二のボク達は修学旅行でここに来てる。

 陰キャを自認する身としては沖縄本島よりもこっちの方が性に合ってるけど、同じ班(にさせられた!)ギャル達は違うみたい。

 淡々と坂を登っていくハイキングコースをボーっと歩いてたら、いつの間にか独りになっていた。おまけにさっきまでの青空も、重い雲に変ってる。


 これ、ちょっとマズいんじゃね。


 そんなことを思ってるうちに空はどんどん暗くなり、ほどなく降ってきた大粒な雨が、激しい勢いで黒い道とボクを叩きはじめた。


 ヤバいよ、これ。傘も合羽も持ってないのに。




  ♠


 さっきすれ違ったギャルたちは、はっきり言ってうるさ過ぎたっけ。この風景にはぜんぜん合ってねえ。


 僕はひとりそう呟く。頭の中で。


 そりゃあ都会の女子高生っぽかったし、ちぃっとだけ可愛いなって思うのもいたけんど、やっぱりあの勢いは勘弁だ。


 勝手な感想だということは判ってる。そもそもあんな陽キャっぽい女の子たちと知り合いになれるワケがない。そんなコミュ力など、これっぽっちも持ち合わせていないのだから。


 とは言え、と僕は思い直す。

 そのくらいの夢想は許されてもいいだろう。なにせここは沖縄で、僕らは修学旅行の真っ只中なんだから。



 天文台は悪くなかった。流石は絶海の孤島、パネルで見せられた星空も半端じゃない。とは感じたが、それ以上の興味は正直、無い。なぜか同じ班に固まってた星空オタどもは、観測所の所員を掴まえて根掘り葉掘りやってたけど、こちとらもう飽きたし、むしろ次の体験カヌーの方が百倍楽しみだ。

 だもんだから彼奴あいつらは放っといて、僕はひとり先に降りてきたのだ。

 それにしても雲行きが怪しい。海の天気は判らんけれど、これはひと雨くるのかもしれない。




 いきなり降ってきやがった。てか、これはマジヤバのレベル。どっか逃げ場所を探さないと。つっても逃げ道の無い一本道だし……。


 そう思っていたら、横の林の奥に岩壁が見えた。


 庇になる岩を探そうとしたら、洞窟の入り口があった。


 逃げ込むならあそこだ。


 担いでいたブレザーを合羽代わりにして、僕は洞穴に走り込んだ。



 ひと息ついていると、奥の方から声がかかった。


「誰?」


 先客がいたらしい。声の感じからして女性のようだ。

 薄暗がりに目を凝らしてみると、佇んでいたのは地味な雰囲気の眼鏡っ子だった。知らないデザインの制服を着てる。あ、いや、さっきのギャルと同じっぽい。


「単なる雨宿りだ」




  ♥


 沿道に見つけたくらい洞穴に逃げ込んだボクは、手持ちのタオルで手足を拭いながら黒い楕円に縁取られた雨を見ていた。


 まだしばらくは止みそうにないや。


 表から見咎められると面倒なので、少し内側に踏み込む。外の雨音とは対象に、洞窟の奥はすべての音を吸い込むように続いていた。


 面白そう。でも、ひとりで入っていくのはちょっと怖いね。


 と、いきなり背後になにかが駆け込んできた気配がした。人影だった。


 え、なに?!


 思わずボクは誰何すいかしてしまった。黙っとけば気づかれなかったかもしれないのに。


 単なる雨宿りだ、と応える影。

 逆光でよく見えないけど、制服っぽいブレザーを頭に被っている。そういえば、空港で擦れ違った集団のと同じデザインかもしれない。


 男子高校生? ちょっと怖いよ。声なんか掛けずに隠れていれば良かった。


 ボクは自分の軽率さに、思い切り後悔をした。




  ♠


 合羽代わりの上着をはたいていると、奥の眼鏡が後退りしてる。


 おいおい。オラは心優しき岩手男児ぞ。そったらビビらんでんなんもせんて。


 顔を上げた僕が一歩踏み出した途端、眼鏡が奥に逃げ出した。土を蹴る音が響いてるけど、そっちって大丈夫なの?と思ったら、案の定悲鳴が上がった。

 僕はあとを追う。




  ♥


 思わず逃げ出しちゃったけど、もう足は止まらない。この先がどうなってるかもわからないままボクは奥に疾走はしる。


「きゃっ!」


 滑らかな地面に手を突いた。何かにつまずいたみたい。

 大丈夫かあ、という間延びした声が白い光とともに近づいてくる。あの男だろう。


 もうダメ。逃げ切れない。


 ボクは観念した。




  ♠


「なに逃げ出してんだか。ビビったのは判っけど、俺なんもしねえって」


 うずくまる眼鏡っ娘を安心させるため、僕はスマホの光を自分に当てて自己紹介した。


大濠おおほりだん。岩手の高校生だ。修学旅行で来てる。おめは?」


 眼鏡っ娘、ギャルとは対極な顔してっけど、よく見りゃ結構可愛いっけ。

 彼女が口を開いた。




  ♥


 おおほりだん。

 なんかいい奴っぽい。ボクが一人相撲取ってたみたいで恥ずかしい。とりあえず自己紹介は返そう。


「ボクはちぎりちぎりまどか。福岡の女子高。同じく修学旅行」


「ちぎりまどか、さん。よろすぐ。まずは起き上がるべ。怪我とかしてね?」


 大丈夫、と応えるボクに大濠おおほりは手を貸してくれた。案外、優しい。




  ♠


 やっとこさこっち向いた。

 思わず差し出してしまった手に眼鏡っ子、もといちぎりさんが掴まってくれた。


 ヤバい。ドキドキする。女の子と手ぇ繋ぐなんて、小学校の体育以来だ。緊張がバレねばいいんだが。


 立ち上がったちぎりさんは僕の顔から目を逸らし、地面を見回しはじめた。なんか落としたのかのかもしれない。ポケットからスマホを取り出して、ライトを点けている。

 あ、と小さな声。


 やべ。声、可愛い。


 暗闇に女の子と二人きりという状況を思い出し、僕は身を固くする。


「ねえ、ここに把手とってみたいなのがあるよ」


 僕の緊張なんかガン無視で、ちぎりさんは足元を指差した。




  ♥


 ビビってた自分を誤魔化すために、ボクも大濠おおほりを真似てスマホのライトで地面を照らしてみた。ボクがつまずいたのは戸棚の把手みたいなものだった。当たった衝撃でか、蓋に隙間ができてる。


ちぎりさん」


 大濠が震えた声で何か言おうとするのをボクは制した。


ちぎりでいいよ。ボクも大濠おおほりって呼ぶし」


 なんかで読んだ。

 こっちがビビってるときは相手も同じようにビビってるのが常。最初のひと言が主導権の鍵になる、って。

 まずはマウント取るのが先決。




  ♠


ちぎりでいいよ。ボクも大濠おおほりって呼ぶし」


 福岡って言ってたっけ。都会の男女はそんな感じなのか。なんかドラマみてぇだ。


 気勢を削がれた僕を尻目に、ちぎりは地面から突き出した把手っぽいものを引っ張ってる。


 地面に蓋がある?


大濠おおほり、ちょっと手伝って」


 オオホリ?!

 同い年の女子から呼び捨てにされるなんて、はじめてだよ。

 ヤバい。マジそれだけでドキドキしてきた。




  ♥


 やっぱ力仕事は男子に限る。どだい筋肉の質が違うんだよ。ていうか、まるっきり別の生き物だよね。意識の問題とか関係ないよ。


 ボクは先週の授業で聞いた言葉を思い出していた。


 「社会的性差」だっけ。寝惚けてるよね。体つき見れば一目瞭然じゃん。力使うのは男、頭使うのは女。ジェンダー論とかくそくらえ、だよ。


 がぽっというくぐもった音と共に、地面が四角く浮き出した。


 開いた?


 光を当てながら、ボクも中腰になって覗き込む。


 大濠、がんばれ。


 ぶるぶるしてる腕が頼もしい。と、つっかえが外れたかのように分厚い土を載せた蓋が持ち上がった。勢い余った大濠は、光の輪の向こうに尻餅をついた。




 大濠が頑張って開けてくれた蓋の下には縄梯子が伸びていた。


 キタコレ! 洞窟の中の隠し部屋じゃん。

 やぁん。こういうの、大好物♥ トンデモオタの血が騒いじゃう。


「上からライト照らして」


「え、下りるの?」


 そりゃあ下りるに決まってるっしょ。こんな面白そうなもの。

 しかも現地調達の即製とはいえ、大濠って従者もついてるワケだし。

 

 ボクは躊躇なく梯子を掴んだ。


 ちぎり隊員、石垣島地底回廊の探索を開始します!




  ♠


「なにこれ!?」


 真っ黒な穴の下から反響した声が届く。


「何かあった?」


 尋ねる僕に、仄暗い闇の底から命令口調が飛んできた。


「下りてきて」


 なんか完全に仕切られてるなあ。


 そう思いつつも、従順な僕は縄梯子を下りていく。

 両手を使わないといけないから、スマホはライトを消してポケットに仕舞った。でも下がうっすら明るいので、別に怖くはない。



 地下は思ったより広く、土壁がほんのりと碧い。光が入ってる?


「これ見て」


 思ったより広い洞窟の中に小柄な後ろ姿。一瞬だけこっちを振り向き、顎をしゃくる。シルエットになった横顔の向こうは淡い光。導かれるように、僕はちぎりの横に歩み寄る。

 彼女が指差す先には、岩盤をくりぬいた台に鎮座したあおい石があった。みどりの光を脈動させて。




  ♥


 大濠が降りてきたのを確かめてから、ボクは石の乗る台に足を踏み出した。

 スマホのライトはもう消してる。淡い光に満たされてるから点灯させていなくても足元は見える。


「おい。大丈夫なのか?」


 大濠の声が不自然に大きい。


 此奴こいつ、ビビッてるな。


 その一声が余裕をくれた。一緒にいる人が緊張してるとかえって落ち着く。

 ボクは手の届くところまで近寄って、光る石を観察してみた。凸凹でこぼこして不細工な、でも、とても綺麗な石。




  ♠


 ちぎりが手を伸ばしてる。


 おいおい、触る気かよ。


 慎重な手付きで石を持ち上げたちぎりが、僕を振り返った。


「なんともないよ」


 ちぎりがそう口に出した瞬間、急激に石の発光が増した。


「あ」


 その声が僕のだったかちぎりのだったのか。

 そこからあとは、まるで手抜きアニメのコマ落としのように記憶の映像が飛び飛びになっている。


 ちぎりが石を放り投げた。

 まばゆい光を放ちながら放物線を描くその石を、僕は咄嗟に両手で受け取った。

 光が強過ぎて直視できない。

 視界の隅で契が崩れるように倒れた。まるでスローモーション。

 駆け寄ろうと足を踏み出す僕の視界も、そこで途切れた。


 暗転。

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