第13話 選択と生命

 宝の姿を視界に入れたとき、僕は彼の方へと泳いだ。

 でたらめな泳ぎ方でもなんでもいいから、とにかく早く。

 

 沈んでいく彼の体に指先が触れて、あえなくかすめた。

 水を蹴ると、宝の腕に触れた。

 さらに前進すると、腕をようやく掴めた。

 そのまま決して離さないように、彼の腕を引っ張って身体を背負う。


 自分よりも体格がいい宝は重い。

 僕の身体では背負いきれないと直感で分かる。

 けれど脳から送られてくる信号よりも、僕の意思は固かった。

 どこにそんな力があったのか、自分より一回り大きな宝を背負ったまま不自由な海の中を懸命に泳ぐ。


 何も考えずに必死で砂浜を目指していたら、浅瀬までたどり着いた。

 死にもの狂いで泳ぎ続けた僕は、宝を降ろす。

 砂浜まで這いずっていき、どうにか二本の足で立ち上がった。

 限界まで動かした身体は寒さと酷使した疲労感でぶるぶると震えている。


 まだなんとか動けそうなことを確認して、宝を引きずった。

 海から引き上げたとはいえ、宝の身体は動かずに静止したままだ。

 僕は彼の胸をありったけの力で押した。

 何度も何度も、手のひらに力を込めて押し続けた。


「たから........」


 名前を呼ぶが、返事はない。

 さっきまで動いていた人間が息をしていない。


「ごめん........」


 気づけば、謝罪の言葉が口をついていた。

 本人に聞こえていないだろうけれど、僕はひたすらに謝り続ける。

 何に対して謝っているのかもわからないまま、僕は宝の心臓がまた動き出すように押し続けた。


「ッ........」


 やけになりながら宝の心臓を圧迫してどれくらいの時間が経ったか。

 圧迫していた宝の心臓が反応し、口から海水を吐いた。

 僕は目の前の彼が息を吹き返した衝撃で、その場に崩れる。

 

 宝は水を吐きながら荒い呼吸を繰り返した。

 僕はその姿を見て、宝が助かったんだと安堵する。


「........宝、生きてる?」


 僕が子供のような声色で尋ねると、宝は少しだけ頷いた。


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