第12話 認知と抱擁

「知ってたよ」


 思わず、宝の方を見る。


「........やっと、顔見てくれたね」


 見なければよかった。

 そのくらい宝の顔は酷いものだった。


「才が俺のこと好きじゃないんだろうなって、気付いてたよ。気付いてたし、考えてた」


 思わず、僕は後ろに後ずさった。

 思いの外深くなっていて、僕の身体はへその辺りまで海に浸かっている。

 外気に晒されていた身体が海に入るとより冷たさを感じた。

 僕は改めて自分のしようとしていることの意味を思い知る。


「だから人に相談したり、自分でまた考えてどうにか歩み寄れないか悩んでた」


 宝の気持ちは伝わっている。

 人と人との間にある認識の差は、僕らが想像するよりも遥かに大きい。

 それは僕と宝もそうで、行き過ぎた干渉と諦めを念頭に置いたコミュニケーションが僕らを断絶している。


 その大きな崖をどうにかしようとしてくれていたことも認める。

 けれど、宝が関係を築こうとするほどの価値は僕にない。

 少なくとも、僕は僕自身にこれ以上生きていくほどの価値を見出すことができなくなった。


「無理だよ。僕はこれからも宝と暮らしていけるほど図太くない。また家に戻っても、宝を妬むし........病気が治ったとしても僕自身は治らない」


 これ以上話せることはないだろう。

 僕はありのままの感情を言葉にして宝にぶつけたし、宝もここまで自分を否定されて今まで通りにいられると思うほど鈍くはない。


 宝は石のようにその場で固まっていて動かない。

 僕は彼に背を向けて、また一歩海の向こうへ足を進めた。


 肩まで海に浸かり、死神が背を這うような感覚が駆け上る。

 すると、今度は背中側から急速にざぶざぶと水を搔き分けるような音が聞こえてきた。


 何事かと振り向こうとすると、自分の背中に重いものが乗っかってくる。

 人の重みだと気付いたときにはもう体勢を崩してしまっていて、僕と宝は海に潜るかたちになった。


 あ、これは死ぬ。


 息ができなくなり、肺が空気を欲した。

 生きたいと思うよりも早く、身体が生きることを求めていた。


 僕は必死で酸素を求めて泳ぎ、水面から顔を出した。

 一気に空気を吸い込んだためか、肺が圧迫されて苦しくなる。

 正常に呼吸ができるようになってから、自分にしがみついていた宝の存在を探す。


「宝.......」


 もう一度海へ潜り、水中を見た。

 月光に照らされた宝の姿はすぐに見つかったが、彼はどんどん沈んでいく。

 自身の力では動いていないようで、彼の身体は海の底へ落ちようとしていた。

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