第2章

第1話 共感と異端

 自分が周りよりも恵まれていることに気付くのは早かった。


 小学校は、市内で一番生徒数の多い公立校。

 一年生だけで二百人もいれば、それだけいろいろな子がいる。

 小さい頃から話すことが好きだった俺はとにかく誰にでも話しかけた。


 おしゃべりで聞くよりも話す方が好きな子。

 勉強が苦手だけど運動は好きで足の速い子。

 あまり話さないけれどたまに喋るとおもしろい子。


 中には、ちょっと複雑な子もいた。

 両親と血がつながってないことを気にしてる子とか。

 お小遣いをもらえないくらい家にお金のないうちの子。

 先天性の病気があって体育を見学している子。

 

 自分とちがう事情を持った人もいる。

 自分は愛してくれる家族がいて健康な身体を持っている幸せな人間だ。

 俺はあたりまえの事実をそれとなく受け取りながら友達を作っていった。


「宝、いっしょに帰ろ」


 いいよー、と。

 にっこり笑えば、相手も大体笑ってくれる。


 人数の多い学校でとにかく人と話していた結果として。

 俺は目の前にいる相手にどうリアクションすればいいか、なんとなくの「正解」がわかるようになっていた。


 相手が喜んでくれそうな正解を返す。

 そうすれば相手は嬉しいし、嬉しそうな相手を見ていると自分も嬉しくなる。

 もし相手の求めている正解が自分にとって良くなかったらそれは正解じゃない。

 そうやって友達と話すときの線引きを、小さい頃の自分は少しずつ覚えていった。


 今ならだれとでも楽しく話せそう。

 自分のコミュニケーションに自信がついてきたとき。

 「だれとでも」に一人だけ例外がいた。


 教室の壁際。

 廊下側にいる前から四番目。

 いつも友達と話さずに本を読んでいる子。


 伊能才いのうさい


 あの子とは不思議とうまく話せなかった。


 大体の子とはコミュニケーションが上手くいく。

 自分がAだと思っていたら、相手はAと返してきて。

 相手がBと言えば、自分もBと笑い合うような。

 分かり合うことができる、ある程度は予測できた会話になる。


 でも伊能の場合はちがった。

 俺がAと言えば、向こうはDと返してきて。

 俺にとってDだと思っていたものが、相手にとってはZだった。

 伊能才との会話は予測ができない。

 おなじクラスにいるのに、唯一自分がうまく話せない相手だった。


 苦手な相手がいても、それはそれでいい。

 これも俺が早くに覚えた処世術のひとつだった。


 人の多い場所にいるなら尚更、苦手な相手はスルーしていればいい。

 俺が話しかけなければ、伊能から話しかけられることはない。

 そうやって、俺なりの正しいコミュニケーションは築かれていった。




 自分の好きなものを自由に、と先生が指示する図工の時間。


 俺は「自分の好きなもの」を「自由」な形にするのが難しいから苦手だった。

 似たようなことは周りも考えていたみたいで、みんなテキトーに作る。


 俺はテキトーに作りたくはなかったから、こういう時は好きなようにつくった。

 たぶんあんまり上手くはつくれてない。

 でも形になっていく感覚は面白かった。


「材料が足りない人は余っている紙粘土がありますから、取りに来てください」


 インフルエンザが流行っていた時期。

 欠席の子が何人かいたから、紙粘土が余分にあまっていた。

 とはいえ、みんな図工にやる気がないから材料を持て余しているみたいだった。

 先生も教室に漂っている空気を察してはいたと思う。


 俺が作っていたのは、美術の教科書に載っていたオブジェだった。

 教科書のページに小さい写真で解説されていただけだったけれど印象に残っていた作品。

 作ってみると、意外と細部に凹凸があって真似ようとすると難しい。

 制作中に部品をいくつかだめにしてしまって、俺は紙粘土を取りに行こうとした。


 先生の方へ歩いていく途中。

 視界の端で目をひくものがあった。

 横目で眺めたそれは、紙粘土で作られた親鳥と雛鳥。

 身体を寄り添わせて身体を暖めているような構図だった。


 うわ、すごいな。


 その作品を一目見て、素直に感心した。

 繊細に作られた親鳥と雛鳥、そしてそれを作った伊能。

 どちらにも目を奪われた。


 


 図工の時間につくった作品が教室の後ろに飾られた日。 

 あの親鳥と雛鳥をゆっくり見てみたいな、と思って教室に戻ると伊能がいた。

 伊能は飾られている作品を集中して眺めている。

 今なら話しかけてみたい。俺は咄嗟にそう思った。


 俺は親鳥と雛鳥の作品が本当にいいと感じていて。

 思ったことをありのままに伊能本人に伝えた。

 そうしたら伊能も俺の作品を褒めてくれて嬉しかった。

 いいと思える作品をつくった人に褒められて、認めてもらえた気がしていた。


 ただそこからを間違えた。

 自分の作品を伊能に褒めてもらえたことが予想以上に嬉しくて俺は興奮していた。

 

 俺は紙粘土でできたオブジェをもいで、親鳥と雛鳥の隣に添えた。

 こうした方が美しいんじゃないか、その予感に正直な無邪気さが彼を傷つけた。

 伊能は笑っていたが、誤魔化しきれていない表情がすべてを語っている。


 「恐怖」。

 伊能の顔にはその二文字が表れていて、彼に引かれたんだとすぐに分かった。

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