第2話 青春と不信

 あら、あんた背伸びたね。


 母の言葉で、自分の身体が成長したことを自覚した。

 小学校を卒業してからは目まぐるしいスピードで何もかもが変わっていく。

 自分も、友達も、その速さにみんな戸惑っている。


 勉強は難しくなった。

 でも、楽しかった。


 スポーツをすると前よりも注目されやすくなった。

 でも、楽しかった。


 身長、体重、声。

 わかりやすくどれも変わっていく。

 そのどれも個性だと思ったし、俺にとってはどうでもよかった。


 桜の咲く季節。

 入学したての頃、新入生代表の挨拶をした。

 体育館はちょっと寒くて、新しい制服だとなんだか落ち着かなかった記憶がある。

 あの時はステージ上から全校生徒を見下ろしても、思っていたよりは興奮しなかった。


「あの子、主席の子だよね」

「背高いし、カッコいいじゃん」

「運動できそ~」


 廊下を歩くと、視線を感じる。

 春だというのに、廊下はなぜか空気が冷たい。

 早く夏が来てくれたらいいのに。


「天ヶ瀬くん、おはよ~」


 たまに話したことがない子に声を掛けられることもある。

 

「おはよう」


 名前知らないけど、まあいいか!


 そういう時は、これくらいの気軽さで挨拶を返す。

 向こうが先に挨拶してきたから、こっちも挨拶で返せば不自然じゃない。

 これもコミュニケーション、コミュニケーション。


 俺に挨拶をしてきた女子は、浮足立った様子で友達と廊下を歩いていく。

 入学式にステージで挨拶をしたというだけで、俺に関心を寄せてくる人は多かった。


 反対に、伊能からはなんとなく避けられている気がした。


 小学校が同じだった同級生は、ほとんどが同じ中学校にいた。

 クラス分けの貼り紙を見た時に、「伊能才」の名前も見つけていた。

 学年が同じなら廊下ですれ違うことくらいはあるかも。

 けれど、いざ本当にすれ違ったら伊能は僕の横を足早に通り過ぎていった。

 

 まあ、そうだよな。

 俺のこと怖いだろうし。

 

 伊能と話してみたかったけど、気を悪くしたいわけじゃない。

 俺のことが嫌いならそれはそれで仕方がないし。

 自分なりに折り合いをうまくつけて、慮ることに決めた。




 国語の授業で、四字熟語の意味を調べる課題があった。


 八方美人はっぽうびじん

 だれからも悪く思われないように、要領良く人とつきあってゆく人。


 俺じゃん。

 思わず吹き出しそうになってこらえる。


 だって、そつなく人と付き合っていく方が幸せじゃん。

 だれかから悪く思われるよりは、いいなって思われた方がいいでしょ。


 十代の青い頭はおそろしくシンプルだ。

 そうしたくてもできない人の気持ちを考えたことがなかった。

 そして、その実例を目の当たりにして考え方はまた変わった。

 

 学年が上がるとクラス替えがあって、クラスが変わると委員会も変わる。

 俺は「早めに手上げとかないとあとが面倒だし」という消極的な理由で、早々と図書委員に決まった。


 委員はひとクラスに男女一人ずつの計二人。

 俺ともう一人の図書委員はあまり話さないタイプの子だった。

 普段の教室で話さないのはもちろん、委員会の仕事中も話すことはない。

 事務的な用事で話すことがあっても、その子は俺の顔を見ずにうつむくだけだった。

 

 この子は俺のこと苦手なんだろうな。

 ならなるべく話しかけずにいてあげよう。


 自分を好きじゃない相手とは、必要最低限の関わり方にする。

 これも自分と相手の気持ちを傷つけないための処世術。

 俺としては思いやりのつもりで距離を取っていたのに、驚くことがあった。


 中学の卒業式。

 女子が好きな人から第二ボタンをもらう風習はうちの学年にもあった。

 自分も何人かの女子にボタンをねだられて、その中の一人に図書委員の子がいた。


「同じ委員になる前から天ヶ瀬くんのことが気になってて........」


 え、気になってる相手にあの態度だったの?


 口には出さなかったけれど、単純に驚いた。

 俺は今まで嫌われてると思ってたのに、俺のこと好きだったんだ。

 なんでこの子は今まで俺にそっけない態度だったんだろ?


 心の中では疑問が湧き出てくるけど、顔には出さなかった。

 図書委員の子にはボタンを渡してあげたし、告白は柔らかく断った。

 俺は好意をうまく出せないばかりか、相手に嫌われていると誤解させるその子のことをうまく理解できなかった。


 .......女の子ってよくわかんないかも。

 

 その後、告白したりされたりはそれなりに経験してきた。

 そのうちの何人かと付き合ってみたし、今ではどれもいい思い出にはなっている。

 ただ図書委員の子がきっかけで、俺はなんとなく女の子に不信感を抱くことがあった。

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