第18話 自答と誓言

 天ヶ瀬は部屋から出てきた僕を見てほっとした表情を浮かべた。

 そして、すぐに笑みをつくった。


「調子はどう? 昨日買ったケーキ食べる?」


 天ヶ瀬はいつもどおりだ。


「いらない」


 僕は一蹴する。


「そう........」


 笑った顔も、困った顔もどれも見たくないんだ。

 おまえが傍にいると僕はおかしくなる。


 僕の様子に気付いているんだろう。

 天ヶ瀬はいつもよりほんの少しだけ表情がぎこちない。

 でも僕にとってはそんなことどうでもよかった。


「伝えるの遅くなったけど、受賞おめでとう」


 心にもない。

 口先だけの祝福。


「ありがとう」


 天ヶ瀬もきっと本心だと思って受け取っているわけではない。

 でも本当にそんなことはどうでもいいんだ。

 僕はスマホを取り出して、とあるページを開いてみせた。

 

「次はこれに出してみないか?」


 ××長編小説大賞。

 飾り文字で書かれたページタイトル。

 ジャンルフリー、下限十万字。

 大賞作品には百万円。

 過去の受賞作品には作家デビュー作品あり。


 景気のいい字面と夢のある文言が踊っている。

 この賞は、もともと僕が見つけていたが応募に躊躇していた作品賞だった。


「小説書くのは楽しいけど、なかなか賞に応募する勇気が出なくて」


 今まではそうだった。


「天ヶ瀬も一緒に応募してくれたら、僕も応募できそうなんだ」


 本当は今日が来る前に言えていたらよかった。


「僕たち、友達だろ?」


 こんなふうに伝えたくなかった。


 僕の心情とは裏腹に、天ヶ瀬は嬉しそうだった。

 面と向かって頼られたことが嬉しかったのか満面の笑みだ。


「俺も才と一緒に賞に応募してみたい」


 ごめん、ごめんな。

 望んだ結果を得られたのに、僕は自分の最低さを嫌というほど突き付けられている。


「二人とも賞を取ったらお祝いしよう!」


 うん、そうだな。

 

 僕は気のない返事をして自室に戻った。

 天ヶ瀬は夕食を用意してくれようとしたが、食欲がないから断った。

 申し訳ないけれど、今の気分では天ヶ瀬と顔を合わせて食事できる気がしない。

 

 自室に戻って、僕はノートパソコンを起動した。

 構成の仕方、キャラクターの作り方、文章の基本。

 小説を書くことに必要なありとあらゆる知識を調べる。

 片っ端からノウハウを読み込み、実践し、自分の血肉にしよう。

 そうしないと、僕は一生かかってもあの男には勝てない。


 ××長編小説大賞の募集期間は、秋から冬にかけて。

 応募した作品はふるいにかけられて、春になれば結果が出る。

 その間、僕がやることは決まっていた。


 「僕は、天ヶ瀬宝に小説で勝つ」


 天ヶ瀬が日記用に渡してくれたノートに力強く書いた。

 指でなぞると、書かれた文字にボールペンの跡が残っている。

 

 これは誓言せいごんだ。


 他ならない僕自身に対して誓う。

 これから書く話を最後の作品にしよう。

 そして今から綴る文章にありったけを捧げると宣言しよう。

 最初で最後に、天ヶ瀬宝に勝とう。


 僕がやろうとしていることは、たくさんの人に迷惑がかかる。

 家族にも、数少ない僕を好きでいてくれる友人にも。

 当の天ヶ瀬宝にだって。

 それは僕だって望んではいない、けれどどうか許してほしい。


 僕という人間は、だれかにとって何の役にも立たなかった屑だ。

 僕が何人集まっても、天ヶ瀬にはかないっこない。

 そんなわかりきったことを一度の奇跡で覆そうとしている夢見がちな屑。

 

 すべてが終わったら消えてしまってもいいから。


「死ぬ気で書こう」


 ひとりしかいない部屋。

 誰にも聞こえないほど小さな声で口に出した。

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