第2話 部活動の方針を決めよう


 机の上に一冊のファイルを広げて、それを見ながら錦君が黒板にその内容を箇条書きで板書していた。その内容とは、これまで先輩たちが活動してきたアニ研の活動報告である。


 基本的に部活動の一環として認められる内容としては、『1.全国高等学校文化連盟の定める文化的価値のある創作物の作成と協議会への提出及び大会参加』、『2.本校内における文化活動での発表及び掲示(例:文化祭等の文化的活動での発表会等)』、『3.地域活動に置ける貢献や利益の創造が示されるもの』、…大きくこの三つが挙げられる。つまりは、人の為に何か役立てたり共感されたりするものでなければならない。部活動と称してやりたい放題させる訳にもいかないからな。後はこれらの事を年に二回、生徒会へ報告書として提出しないといけない。


 ここにあるファイルもそのコピーを纏めたものになる。とは言ってもこの学校もそこまで歴史が深いわけでもなく、15年そこらの新参校でもあるので、ファイルの中身もそこまで厚くはない。重複した活動内容があるのも当然で、気付けば錦君の板書も終わり、こちらに合図を送っていた。


「えー、という事で。前期終了の9月までに一回目の、…何かしらの活動報告をしなくちゃいけない。みんな何かやりたいことある?なんでもいいぞ。」

「BL小説書きたい。」

「…え?」

「却下。」

「えー。」


 桐生ちゃんがいきなりぶっ込んで来た。


「えーじゃないし。駄目に決まってるじゃん。」

「何でも良いって言ったの実ノ莉でしょ?」

「言ったけど、書いたとしてどうやって生徒会に報告するんだよ。BL書きましたーって伝えるのか?」

「そこはいい感じに娯楽小説とかに言い換えて報告書上げればいいんじゃない?」

「…なるほど、そういう手もあるか。」

「だ、だめだよ!っていうか虚偽の報告は学生要項違反になるって!」

「龍一君、こういうのはバレなきゃいいのよ、バレなきゃ。」

「グレース…。」

「BLってなに?」

「ベーコンレタス。」

「ベーコンとレタスの小説…?」

「違うから…。あのね美樹さん、BLって言うのはボーイズラブの略称で、男性同士の恋愛模様を描いた作品の総称を指す言葉なんだ。」

「…つまり恋愛小説って事?わぁ素敵!私も書いてみたい!」

「よく分かってないだろ美樹。」

「?」

「いやまぁ…、恋愛観は人それぞれだから否定はしないけど…。大概のBL物って濡れ場がセットでついて来るんだよ。」

「濡れ場?」

「そう、だから未成年の僕らが取り扱う題材として不適合だと思うんだ。」

「…??」

「錦君、選んでる言葉が難しすぎてこの子理解できてないぞ。」

「龍一君は真面目だからなぁ。美樹、包み隠さず言うと濡れ場ってセックスシーンの事だよ。」

「あー…え!?」

「男性同士なのに恋に落ち、恋は愛へと昇華して、その究極系として肉体関係に発展する。いけない事だと理解しつつ交わる二人の___アッー!」

「ストップ!エッチなのはイケないと思います!」

「まぁでもエロの無いBL作品もあるからギリ行けん事もないかなぁって思うけど、どぉ?」

「ちょっと待って、男の僕からしてみると非常にやりづらいんだけど…。」

「だって桐生ちゃん。彼氏がそう言ってるけど、どうする?」

「実ノ莉はどっちの味方なのよ。」

「面白い方。」

「だと思った…まぁ私も半分冗談で提案したし、この案は保留でいいかな。」

「助かった…。」

「って事で振り出しに戻る。他には?」


 促してみるが、他の二人からは何の提案も上がってこない。このままでは本当にBL小説を書こうという方針になりかねない。あたしも何か提案しなければ…。


 そこでふと思った。あたしについて来ただけのヲタ知識ゼロの美樹は置いといて、錦君はなぜアニ研に入部しようと思ったのだろうか。しかも入部希望者が多い時期からも少し遅れてるし、これまでは帰宅部登録していたであろうから、どうしてなのか気になってしまった。


「そういえば錦君はさ、なんでアニ研に入部しようと思ったんだ?」

「僕?そうだね…、僕は将来ナレーターになるのが夢なんだ。」

「ナレーター?」

「うん。テレビとか見てるとさ、風景や食品の説明するときに誰か喋ってるでしょ?普段は気にしてなかったんだけど、ある時に番組のタイトルコールやナレーションをしてる人と、偶然見たアニメの声優さんが一緒だって気づいたんだ。気になって調べてくうちにその人の経歴、出演した作品とか、どんどん面白くなっちゃって、気付いたら自分もやってみたくなったんだよ。その人の経歴の中にアニメ研究部を出て声優の専門学校を受験したって言うのがあった。だから僕も同じようにすれば将来の夢がかなうのかなと思いまして。…でも今の部の状況じゃちょっと厳しいのかなぁ…。」

「いや、そんなことないぞ!あたしも同じようなもんだし、何ならアニ研もゼロからリスタート状態だから好きなことができるし!」


 せっかく入部してくれた錦君を即行退部させるわけには行けない。落ち込ませてしまったようだから何とか引き止めなければ…。


「そうだよ龍一君。夢があって入部したんだったら夢に向かって頑張らないと。」


 桐生ちゃんの言う通りだ。こんな世界の中で夢や希望は生きる糧となる。魔法に関わる以外の仕事に就けるのならば、そんな幸せな事はないだろう。


「じゃぁこうしないか?せっかくやりたい事があって入部してくれた錦君の意に沿った形の活動を考えるとか。」

「良いね!そうしようよ!私アニ研って何の部活動か判んなかったから賛成!」

「それはそれで問題発言だけど、まぁいいや。」

「いやでも、実ノ莉さんも何かやりたい事があって部長やってるんじゃ…。」

「あたしはいいの。最悪一人でもなんとかできるし、それよりもみんなで出来ることの方がいいじゃん?部長としてそのくらいの事は考えないと。」

「実ノ莉もそう言ってるし、今回はいいんじゃない?ね、龍一君。」

「うーん…。」

「煮え切らないなぁ…!何が納得できないんだ?」

「なんていうか…僕の目指したいものはナレーターであって、との関連性が紐づいていかないって言うのかな。アニ研を語るんだったら、やっぱりアニメとかストーリー性のある物語に付随した内容の方が則してるというか…。別にナレーションをやりたくない訳じゃないよ?でもみんなのやりたい事に繋がっていくのかなって。」

「…あー何となく言いたい事理解したかも。」

「どういう事?桐生ちゃん。」

「多分だけど、龍一君は部活動の一環として参加したいんだと思うよ?」

「え?今その話してるし。」

「…そういうとこ姉妹って感じ。」

「えへへ…。」

「うっざ。つまり何が言いたいの。」

「今話したのは龍一君がやりたい事をやろうって事になるから、みんながやりたい事とは別になる訳。それでもいいんだけど、龍一君的にはみんなが活躍できるような事がしたいって思ってるんじゃない?」

「ちょっと思考が飛躍してるけど…大体そんな所かな。せっかくやるんだったら、ちゃんとみんながやりたい事を確認した上で決めたいんだ。誰かが我慢するようなのは僕自身もつらいかな。部活動を通して好きな事が出来るんだったら遠慮せずに討論をぶつけ合いたい。」

「なるほど…。でもさっき意見出そうとして桐生ちゃんしか意見言わなかったじゃん。美樹は何も考えてないから考慮しなくてもいいけど。」

「さっきから美樹さんに当り強くない…?」

「?、実ノ莉ちゃんいつもこんな感じだよ?」

「あ、気にしてないなら良いんだけど。」

「わかんない私が悪いから、仕方ないよね桐生ちゃん。」

「うーん、そうだけど、美樹はもう少し相手の意図を読めるようになろうねー。」

「うん、頑張る!」

「美樹のせいで話しズレたけど、話しを戻すと、一人の意見で即決するんじゃなくて、他に何かできることがないか、やりたい事が組み合わせ出来ないか模索したいって事になるのか?」

「うん、それ!そういう事が言いたかった!だからみんなもなんでアニ研に入ったのか僕も知りたい。駄目かな?」

「いや、別に構わんし。」


 という事で小休止を挟んだ後に全員の入部意図を話すことになった。


「てなわけで、桐生ちゃんどうぞ。」

「私?うーん…半分は実ノ莉について来たって感じだから、具体的には考えてなかったんだよねー。けど今期のアニメについて語り合うとか、どうしてそのアニメが流行ったのかとか、討論できたらいいなーとは思ってるよ?」

「それっていつもあたしとやってることじゃない?」

「そうなんだけど、部活のいいところって、学科の違う人たちともお話しできる絶好の場でしょ?今は身内だけって感じだけど、来年や再来年には後輩が出来るわけだし、見分を広めるいい機会になるんじゃないかって思ったの。」

「じゃぁグレースは特に理由や今やりたい事は無いんだね。」

「そうねー。まぁでもやれるんだとしたら、ライトノベルとかは書いてみたいかも。さっき私が半分冗談って言った半分本気の部分はそれ。漫画原作とか最近は作業を分割して働いてる人も多いし、それじゃなくともアニメのストーリー作家とかも憧れてるから。」

「へぇ、その話初めて聞いたし。」

「話してないからね。こっちに来て持った夢だからあまり人に話す事でもないかなって、そんだけ。憧れを夢に変えるのって結構しんどいんだよ?」

「…?夢じゃ駄目なの?」

「憧れは童心に秘めるもの、夢は人が叶えるものだから。私の生まれた国では当たり前だった考え方。人の夢って儚いからね。」

「悲しい事言わないで桐生ちゃん…。」

「別に悲しいなんて思ってないよ、現実そうだから。まぁそんなこんなで、私は憧れとして心に秘めている訳。」

「じゃぁやろうよグレース!」

「え?」

「せっかくやりたい事があるんだったらやらないと!」

「BL小説でも?」

「う…それは…、でもそれ以外だったらちゃんと手伝うよ…!」

「そうだね!桐生ちゃんのやりたい事もやろう!」

「…って言っても私、書いたことないよ?書いたとしてもちゃんとした作品に成るかどうかも…。それにどうやって龍一君のやりたい事に繋げるの?」

「そうだね…、単純に思いつくのはグレースが書いた小説を読んでボイスドラマみたいにするとか?」

「ボイスドラマか、良いんじゃない?桐生ちゃんどう思う?」

「うーん。…。色々と問題あるけどいっか。」

「問題って?」

「まずパソコン無いと文字打てないじゃん。」

「…確かに。」

「データ焼くにしても音声を取り込む機材が必要だし、ボイスドラマだったら効果音も要ると思う。」

「それだったらネットにフリーのやつが___。」

「何処に保存するの?」

「そうだよなぁ…、個人で持ち寄るにしても学校への許可が必要だし、その辺この学校って厳しいんだよなぁ。」

「校内の機密情報の抜き取りを禁ずる、だったっけ?」

「そう。そんなの破ってる先輩なんていくらでもいるだろうし。もういっそあたしらも規則破るか。」

「駄目だよ!学生要項違反になるって!」

「言うと思った。ってことでPC諸々の問題がありますと。一応先生から部費の話はされたけど、オーバーする場合は各々個人の小遣いを集めて持って来いってさ。そりゃそうだよねー。」

「ちなみに今年の部費っていくらぐらいもらえてるの?」

「10,000円。」

「少ない!」

「そんなの下手したら円盤も変えないじゃん!」

「円盤?」

「仕方ないだろ?本来廃部になるはずだったアニ研を無理やりあたしが復活させたんだし。活動見込みのない部活は予算削られて当たり前だし。むしろ部屋とお金くれただけでも感謝しないと。」

「部長の実ノ莉が言うなら何とか納得するけど…、それにしてもどうするの?このままだと何もできないよ?」

「そうだな…ここは大人の手を借りるしかないか。ちょっとみんなで続き話し合ってて、あたし先生の所に相談行ってくる。」

「待った、まだ実ノ莉の話聞いてない。」

「もう方針が決まったようなもんだからあたしの話はいいって。それに錦君以外は知ってるっしょ?」

「その龍一君が聞きたいって言ってるんじゃん。」

「善は急げともいうし。」

「急がなくっても先生は逃げないよ。」

「そりゃ逃げないけど、早く捕まえないと工房から出てこなくなるんだってあの人。」

「…ほんとに?」

「現にまだ一回しか部活に顔出したことないし。」

「まぁ私は会った事無いけど…。」

「はいはい!私もないよ!」

「美樹うるさい。さておき、学科も違う先生だから余計に会えないだろ?だからあたしの話なんかよりそっちのが大事だし。んじゃ行ってくる!」

「あ、ちょっ…はぁ。実ノ莉の悪いところ出てる…。」


 あたしは立ち上がって逃げるように教務棟へ向かうことにした。


「なんで実ノ莉って一度決めちゃうと向こう見ずで猪突猛進…ちがうか、猪突進になるんだろう。そこんところ姉妹だから何かわかんない?」

「うーんそうだねー。ちっちゃいころはもっとわんぱくな感じだったよ。」

「あぁそういう事じゃなくて、血筋的な意味合いで。実ノ莉のお父さんお母さんとかも普段はあんな感じなの?」

「どうかなぁ?からねー。」

「え…それって僕とかが聞いてても大丈夫なの?」

「え?なんで?」

「いや、それってつまり複雑な家庭事情かもしれないでしょ?だからその…。」

「???」

「大丈夫だよ龍一君、確かに複雑だけど、美樹のお父さんはそういう人じゃないから。すごく優しい人だからね、美樹。」

「うん!お父さん強くて優しい勇者なんだよ!」

「勇者って言うのはよく分からないけど、それなら良かった。ごめんね話割り込んで。」

「全然大丈夫だよ。それで何の話してたっけ?」

「実ノ莉のあの性格が親譲りなのかなって話。」

「あ、うん。お父さん若い時は割と私みたいな感じだったらしいよ?お母さんが言ってた。だからね、あの感じはもう一人のお母さんの方なんじゃないのかなぁって思うよ?」

「そっか…、そうなるとあの意地悪な感じとか変に拘りが強いところとかは母親から来てるのね…。」

「多分。でもたまに出る天然な所とか好きに突っ走っちゃうところはお父さん似だよ?それに興味ない事にはとことん無関心だから、お父さんって趣味とか何もないんだぁ。」

「へぇ、そうなんだね。」

「あ、そういえば今度実ノ莉ん家の寮に行くから龍一君も来てよ。美樹のお父さんとお母さんに合わせてあげる。結構いい人だよ?まぁ綾さん偶に鬼みたいに怖い時あるけど。」

「お母さんは鬼だよ?」

「まぁそうなんだけど、言葉のあやだって。」

「綾(あや)だけにかい?」

「龍一君。」

「あ、ごめんよグレース。冗談冗談。」

「それにあのおっぱいの大きさも、もう一人のお母さんから受け継いでるんだって。」

「え…、アレ覚醒遺伝とか発達病とかじゃないんだ。」

「そうみたい、お父さんがこの前言ってたもん。僕の世界一愛してた人と同じなんだ、って。」

「あー…その話の続きは龍一君にするのやめようね。私も聞かされた時しんどかったから、龍一君だったら卒倒しちゃう。」

「なんで?」

「いいから。」

「うん、わかった。」

「なんか話がズレ始めてるけど、つまりはさっきみたいなのは実ノ莉さんの母親から由来してるものって事で良いよね?」

「おそらくはねー。別に悪い事じゃないんだけど、時と場合によるってのを理解してほしいなぁって事はよくある。」

「例えば?」

「欲しい限定グッズとか見つけちゃうと、予定してた買い物とかよりそっち優先しちゃって、いざ目的のもの買おうとした時にお金と時間が無くなるとか?目的の為なら自己犠牲も厭わない所とか?さっきのも自分が部長だからって変な責任感で空回りしてるように見えちゃうんだよね。」

「うん…実ノ莉ちゃんってけっこう気負っちゃうところあるから、見てあげてないと心配になっちゃう。」

「そうなんだ、実ノ莉さんってもっと大人な感じかと思ってたけど、意外とそうでもないんだ。」

「違うよ龍一君、実ノ莉はこの中で一番思考が子供だよ。あ、別に悪口とかじゃないわよ。勘違いしないでね。」



 あたしの居ない所でいつの間にか話題があたしの事になっていることをあたしは知る由もなく、その話はあたしが部室に戻るまで続いたという。










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