第1話 物語の主人公


 あたしはなぜ朝っぱらからこんな事をさせられているのか…。暑苦しい道場の門下生と共に稽古をしなければいけないのか。…あの男子達またあたしの胸ばっかり見てる。後で先輩として軽くしごいてやろう。そりゃぁこの年でMカップとか異常すぎる大きさだよ。週一回の早朝ランニングとかすると毎回胸の付け根とか痛くなるし、寝返り打って仰向けになった時は重さで窒息する思いもした。…ママの血を濃く受け継いでいるという事らしいけど…知らない母親の事なんて知ったこっちゃない。むしろこんな呪いを受け継がせやがって許すまじ。


「…よし!じゃぁ学生はここまで!掃除が終わったら食堂で朝食を取り、各々学校へ向かう事!他の門下生・寮生は外で体力づくりのメニューをこなして。」

「「「はーい。」」」


 ようやく終わったか。谷間に汗が溜まって気持ち悪い…早々に掃除を切り上げてシャワー浴びよ。


実ノ莉みのり、ちょっと来なさい。」

「…なに、パパ。」

「また型の稽古適当にやってただろ。見てればわかるんだぞ?動きに切れがない、静位置で体幹がブレる、柔軟性が欠けている。それに___。」

「はいはい、剛柔転砕流は相手の力の流れを一度柔らかく受け止め、そのベクトルを突きや蹴りに転化して倍加させる。嫌と言うほど聞きました。」

「分かってるのならちゃんとだなぁ…。」

「めんどい。」

「…実ノ莉、パパ悲しいよ。これでも道場主の娘として実ノ莉には強くなってほしいんだ。その為にこうやって朝の稽古に参加してもらって…。」

「そんなの頼んでないし。参加してるのもスタイル維持の為にやってるだけだし。強くなって何と戦うの?外壁の外にいる魔物?それとも偶に悪さしに出てくる妖怪?地球の常識を知らない宇宙民?暴走してる機械兵?」

「そういう事じゃないんだ。強くなってほしいのは心だよ。鍛錬を乗り越えることによって強くて優しい心を持つことができる。これはそういうものなんだよ?」

「しらないし。そんなのパパが勝手に期待してるだけじゃん。」

「実ノ莉…。」


 何回こんな話をしなきゃいけないの?なんで説教されてるかも分かんないし、別にパパの道場引き継ごうなんて考えてない。あたしは将来イラストレーターになりたいの。ココさんの下でアシスタントに就いて、たくさんイラストの勉強をして、それで…いや、まだ高校生になって間もないし、これは秘密にしよう…。もしバレたら綾さんに殺される。うん。鬼を怒らせると怖い。


「ちょっと、いい?」

「あ、はい!」

「あんたら、あたしの胸見てたでしょ?」

「え?あ…そそそそんな事。」

「いや…だって…。」

「思春期真っ盛りな中学生なのはわかるけど、あからさまだし露骨すぎ。」

「その…ごめんなさい実ノ莉先輩。」

「よろしい、認めることができるのは偉い。でも乙女心に傷を付けた代償は払ってもらうわ。」

「…。」

「罰として、あたしの掃除、やっておきなさい。」

「え…道場の決まりだとそれは___。」

「パパにエッチな目で見られたってチクるよ。」

「ご…はぃ…。」

「分かり…ました…。」

「よろしい。」


 落ち込んでる様子だし、後ろでパパが見てる。…もう少し口止めが必要か…。あたしは二人の手を徐に取ると、その手を軽く自分の胸に当てた。


「…‼」

「実ノ莉せn…⁉」

「…良い?代わってくれるご褒美だから。パパになんか言われてもあたしから仕事奪った事にしなさい。いい?」

「「はい!」」

「じゃぁおしまい。中坊にはこれくらいで十分でしょ?」

「「ありがとうございます!」今夜使わせてもらいます!」

「馬鹿お前!実ノ莉先輩の前で!」

「…気持ち悪っ。」


 うわっ、この子にやにやしてる…。本当に気持ち悪い…。なんで男子っておっきい胸が大好きなんだろうか。こんなの大きくても邪魔なだけだし。持たざる者願望強し…てか?


「実ノ莉、お前また掃除押し付けてるのか?」

「違います師匠!俺たちが実ノ莉先輩から承っただけです!」

「そうです!ご褒美のおっぱいをもらったからじゃありません!」

「おいこら!」

「…実ノ莉。」

「…シャワー浴びてくる!」

「待ちなさい!…はぁ。…紗那恵さん、貴女の娘は今日も元気です…。」

「師匠!実ノ莉さんは何も悪くありません!」

「そうです!元は俺たちが実ノ莉さんのおっぱいを眺めてたのがバレて…。」

「なんだと…?」

「あ…。」


 なんか後ろの方でパパたちが騒いでる声が聞こえたが…気にする必要もないだろう。さてと、シャワー浴びて朝ご飯食べにいこっと。



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 朝食を食べ終え、学校へ行く支度をする。


 あたしの制服は少し特別だ。このでかい乳のせいでブレザーのボタンは正しく腰の位置で留められない。なので知り合いの被覆専門店に行って仕立て直してもらった。おかげで胸部は袋状に湾曲しており、あたし以外が着ると可哀そうな状態になる。流石にシャツは頻繁に仕立ててもらうわけにはいかないので、大きめのサイズを着用し、首周りのブカブカを誤魔化すため少し胸元を開けてリボンを緩く掛けている。袖や腹部は布が余るので、簡単な調整を綾さんにお願いしている。背中まで伸びた黒い髪を頭で結び直し、準備は整った。


 玄関を出ると、寮長で道場の管理人でもある綾さんが掃除をしていた。


「おっざまぁす。」

「こら、ちゃんと挨拶しなさい。」

「…おはようございます綾さん。」

「はい、おはようございます。あれ?美樹みきは一緒じゃないの?」

「みきぃ?もう行ったんじゃない?」

「え?まだだけれど…。」

「ちょっと実ノ莉ちゃんおいてかないでよ!」

「…っち。」

「今あからさまに舌打ちしたでしょ!」

「したよ?」

「ねぇぇえ、いじわるしないでよ!」

「した覚えないし。さーいくよー。」

「なんでさっきから置いて行こうとするのよー!」

「二人とも姉妹みたいなものなんだから仲良くしなさい。」

「…あたしは美樹の妹じゃないし…。」

「もぅ…いてらっしゃい二人とも。」

「行ってきますお母さん!」

「いってきゃぁす。」

「ちゃんと挨拶しなさい実ノ莉!」


 …別に反抗期という事ではないと思う、でもなんかムカつくんだよな。


 あたしは母親と言うものを知らない。知らないがゆえに、綾さんはあたしのママみたいな存在でもある。生まれてからずっとあたしの記憶にある育ての女性は綾さんだけだ。まだ小さかった頃は実際にママって呼んでいたし、ママじゃないって知った時はすごくショックだった。…でもそれが現実。未だにパパはママの写真を見せてくれないし、唯々ただただパパはママの事を溺愛していた事しか知らない。教えてくれた情報は、あたしと同じでとんでもなく乳が発達していたという事。それとあの事だけ…そんなこと教えられても何の役にも立たないのに…。


「まってよ実ノ莉ちゃん!歩くの早い…!」

「鍛え方が違うんだよ美樹。」

「そういう事じゃなくて…、もう少しゆっくり歩いて…。」

「ちんたらしてた学校に遅れるだろ?無理。」

「もー…なんでそんなにカリカリしてるのよ。」

「してないし。」

「してる。今日の稽古で何かあったの?」

「なんもないし。余計なお世話。」


 本当に何もない。なのに美樹は姉ぶって色々と詮索してくる。綾さんに似て世話焼きで、パパに似て変に優しい。強く怒れない性格で、度々美樹が困らされている現場ではあたしが事を収める事も少なからずあった。…パパのせいで腕がそれなりに立つようになってしまい、よく面倒事に巻き込まれる。


 暫く無言のまま登校して、いつの間にか校門前。やはり面倒ごとは向こうからやって来る。


「おぃ伊佐坂!待ってたぜ…この前の借りきっちり返させろやぁ!」

「…。美樹、呼ばれてるぞ?」

「私あんな怖い人知らないよ!?」

「お前や!お前!伊佐坂実ノ莉!」

「はぁ…何なの一体。遅刻するんだけど。」

「知ら切ってんじゃねぇぞこらぁ。学校一最強番長の俺が女にやられたなんざ面子が立たねぇんだよ。今から勝負しろやぁ!」

「…きゃぁーこわい!誰かたすけてー?知らない先輩があたしの事襲おうとしてるー!」


 ちらっと周りを観察してみるが、野次馬は誰もあたしを助けようとする様子がない。…どいつもこいつも根性なしだなぁ。ちょっと強力な魔術が使える相手が怖いからって、勇気を以って割り込んでくる奴は誰も居ないのか?


「ふざけたことしてんじゃねぇ伊佐坂。」

「…だってよ美樹。」

「なんでぇ!?」

「っちげーよ!お前や!伊佐坂実ノ莉!」

「おぉ…いいツッコミじゃん先輩。」

「なんの関心じゃそれ!もう我慢ならん!やる気ないなら出させだるでな!」

「…あー、せからしか…。美樹、先生呼んできて。」

「あ…うん。実ノ莉ちゃん、あんまりやりすぎないでよ…?」

「分かってるって…喧嘩は好きじゃないんだけどな…。」


 もう仕方ないのでやっつけることにした☆


 美樹が野次馬を抜けて校舎へ走っていくのを確認して…。


「さてと、あたしはどうしたらいい?」

「あぁ?余裕ぶってんじゃねぇぞ。そのままそこでおとなしくしてろや!」

「おk、おとなしくね…。」


 そう、あたしは何もしない。向こうが勝手に何かするだけだ。


 自称最強の先輩が鞄の中から何かを取り出し腕に装着する。それはグローブのようで、近接戦闘に特化した代物に見える。スイッチを入れそのグローブに内蔵されている魔術を発動し始めた。光の筋が奔り円環が現れ、周囲の金属類のゴミや鉄分の多い石がその小手先に集まって来る。遂にはそれらが巨大な拳のようにり、その重圧を増していた。


「逝ねぇやぁ!!」


 物騒発言と共にその巨大な拳があたしへと振り下ろされる。…が、あたしは避けようとしない。何故かって?当然だ。下手に避けたりなんかしたら、向こうが調子に乗って2撃3撃と打ち込んでくる。野次馬もいるし、被害を拡大してはより面倒になる。だから…あたしはそれを真向から受け止める。


「…っち、またかよ!なんなんだよそれは!」

「何って?…“魔法”…だよ。」


 巨大な拳は空中で何かに阻害され、あたしに直撃する目前でその動きを止めた。当然そこには何もない、先輩の拳が勝手に止まっただけだ。ここにいる全員がそう見えているのだろう。だが実際には違う、これは…あたしがママとの血の繋がりを感じられる紛れもない唯一の証拠。


 あたしはこの場にいる全員に見せつけるように右手を挙げ、広げていた手のひらをぎゅっと握る。次の瞬間、纏まっていたガラクタは強力な圧縮によって塊と成り、さらに地面へ突き刺し、それが抜けないように固定してやった。


「おとなしく、おとなしく…。」

「ざけんじゃねぇ!真向から勝負しろや!」

「先輩…あたしあんまり目立ちたくないんですよ。この状況どうしてるれるんすか?」

「知るかぼけぇ!また俺をコケにするつもりかて!」

「…はいはい。頭に血が上って冷静な判断ができていません。罰としてそのまま先生が来るまで皆の見世物になって下さいよ。」


 あたしは置いていた鞄を拾い上げ、先輩を無視して教室へと向かった。後ろでなんかギャーギャー騒いでいたが知るかめんどくさい。



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



「これで二度目?」

「うん…。」

「と言うかきっかけは何だったの?あの先輩、魔闘力バトルスコアでは校内1位なんだよ?そんな先輩に付き纏われるなんて…。」

「…あたしってこんな体つきじゃん?しかもパパに似て超美形だし、昔っから変な男に付き纏われる訳。あの人も雑魚の一人。以上。」

「自分で美形って言っちゃう辺りが実ノ莉だなぁ…。」

「しょうがないじゃん事実なんだし…。」


 教室の机に突っ伏して項垂れるあたし。


 男からの視線はもう慣れた。しかし、その先である軟派師や色男からの付き纏いはいつも対応に困る。中学3年頃から多くなっており、何かある度に喧嘩になった。最近は面倒なので、時効性の固定魔法で拘束してその場を去るようにしているが…。それよりももっと困る事がある。


「…ねぇ、今日はどう?」

「うーん、ちらっと見てくる子は数人いるけど…。」

「ならいいや。この前みたいなことが無ければそれでいいし。」

「あれはすごかったよね…。」


 より面倒なのは女の方だ。男だったら粗方乱暴にしてもお咎めは少ないが、女に対して同じような事をしてしまえば確実に呼び出される。それを知ってや否か、体育の着替えの際、とある女子同級生が二人きりになった所で襲ってきたのだ。どう抵抗していいのか分からず暫く胸を揉まれていたのだが、さすがに乳を直接吸われた時はあたしも自分で聞いたことのない叫び声を発してしまった。それを聞き駆け付けた親友の桐生きりゅうちゃんがその子を引き剝がし難を逃れたが…。あれ以降自分の乳首が気になってしょうがない。


「…あ、来た。」

「…。」


 おかげで百合疑惑が立ってしまい、その気がある女子からの視線が絶えなくなった。


「あ…あの、伊佐坂さん?」

「…何?」

「その…もしよかった…ら、…この後の放課後…一緒にお茶でも…。」

「誘ってくれてありがとう。でも今日は桐生ちゃんとの用事があるからすまんね。」

「あ…あひ…、…また今度誘います…!」


 これで今週何回目だ…?確かに最初訳も分からず受け入れてたあたしも悪いよ?だとしてもさ…もういいや。考えるのもめんどくさくなってきた。


『おい見たか、やっぱり伊佐坂は女にしか興味ないんだよ。』

『えー、俺その内行こうと思ってたのに…。』

『俺たちには無理だって、学年一の美人で学年一の胸囲をものにするなんてさ。』

『そうかもなぁ…。実はもう桐生とできてんじゃないかって噂もあるし。』

『うそ!?』

『そっかお前桐生狙いだったもんな!』

『くそうっ、桐生さんも百合なのか…!』


 また勝手なこと言ってるな男子…。って桐生ちゃん?おーいどこいくのー?


「男子、全部聞こえてるから。」

「え?あぁ…え?」

「白を切らないの!っていうか私も実ノ莉も百合じゃなくて只の親友なんだから!」

「…それほんとか?」

「当り前じゃない!」

「じゃぁ俺たちにもまだ可能性は残されてるのか!?」

「ひやっほーう!」

「百合じゃないてことは僕も桐生さんと付き合えるの!?」

「当り前よ!私は百合なんかじゃない!」


 大声で騒いでいたグループメンバーだったが、桐生ちゃんの発言に一気に静まり返った。…これは、面白そうな予感!


「…え?何?なんで静かになったの?」

「ぼ…ぼぼぼ…!」

「ぼぼ?どうしたのよ。」

「僕と、こ…これからよろしくお願いします!!」


 直前の静けさから一転、教室中が突然のカップル誕生で沸き立った。


「何?何、何!?」


 こんな面白い場面、盛り上げないわけにはいかない。あたしはにやにやしながら桐生ちゃんの下へ行き、彼と彼女の手を取り重ねた。


「桐生ちゃん、おめでとう。」

「…はぁ!?」

「お前言っただろ?付き合えるの?に対して、当り前って。」

「…。…っ!む、無効!そんなの無効!」

「嘘ついたのか?こんな大勢が居る前で。」

「嘘じゃないわよ!でもそういう事じゃなくって…!」

「見ろ、彼の不安そうな顔を。周りを見な?この教室の空気。」

「あ…いや、その…。」

「それに中学の時、言ってたじゃん。高校に入ったら速攻で彼氏作ってやるって。」

「言ったけど!…こんなみんなの前で…。」

「ぼ、僕じゃ駄目ですか…?」

「あ、違うの!そうじゃ無くて…あの…。」

「…これを否定したらマジで百合だと思われるぞ?」

「それはいや…あ…あ…。」

「ほら、言っちまえ。」

「…お…お願い…しまぅ…。」


 彼女の発言に再び教室が盛り上がった。桐生ちゃんが顔を真っ赤にしてうずくまっている。かわいいなこいつ、やはりいじり甲斐がある。にやにや。


「俺も続くぜ錦!伊佐坂さん!俺と付き合ってください!」

「は?嫌だし、何言ってんのキモっ?萎えるんだけど。」


 テンションの上がった男子の一人が勢いであたしに告白してきた。その行動に折角の盛り上がりが冷めてしまった。あーあー、どうしてくれんだよこの空気。あたしのせいじゃないからな。萎えたあたしは何事もなかったかのように自分の席に戻る。


「はーい午後の授業始めるわよ!あんたたち席に着きなさい!」


 午後のチャイムと共に先生が入って来る。全員しぶしぶと言った感じではあるが、未だに顔面を真っ赤に染めた桐生ちゃんと…えっと確か錦君だったか?の二人だけずっと様子がおかしかった。…まぁ当たり前か。



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 放課後、あたしは部室棟にある一室で参考雑誌を読み耽っていた。先生も知らない金庫の中に隠されているそれは…所謂エロ本と言われているやつである。あぁ、いつ見ても素晴らしい。こんなにも可愛い女の子が裸体を晒して恥ずかしそうに悶えている…。いつかあたしもこの手で理想の女の子を描き、恥辱に塗れたその姿を___。


「まーた読んでるの実ノ莉。」

「…何?」

「いい加減やめなよ、そんなはしたないものばかり漁って…。幾ら卒業した先輩の置き土産だからって、未成年が読んでいいものじゃないよ。」

「いいし、これは保健の授業の一環って事になってるから。合法合法。逆に桐生ちゃんは興味ないの?」

「別にない事ないけど…私はBLの方が興奮するかな。」

「それこそあたしは信じられない。男同士がまぐわったって生産性ないし、女同士と違ってだいぶ開発しないとだめらしいよ?」

「開発…!どっからそんな情報得てくるのよ!わたしらまだ高1になったばっかりだよ!」

「ふふふ、あたしには色々教えてくれるいい先生が要るの。」

「絶対よくない先生でしょそれ…。」


 こんな痴話、親が聞いたら卒倒するだろうな。特に綾さんに聞かれたら道場でボコボコにされそう。


「そういう性格だから百合と勘違いされるんだよ…。」

「…はぁ?」

「だってこの前寮の部屋に隠してあったエロゲ、ほとんど調教ものだったじゃん。しかも男がほとんど出ないやつ。」

「えー気持ち悪いじゃん?あたしの寮、殆ど男子しかいないから偶に見えちゃうんだよね…男のアレ。実際見るとグロテスクで結構トラウマだし。」

「え?うそ。最高じゃん。」

「この腐女子が…。っていうかあたしのエロゲ見たの?」

「うん。あんな隠し方、中学生男子の方が上手だよ。気を付けないと寮長さんにバレるよ~?」

「勝手に見たことに怒りたいけど…それよりも綾さんにバレるのはもっとやばいし…!今度の休み遊びに来てくれない桐生ちゃん?隠匿のアドバイスおねしゃぁす…!」

「別にいいけど、もしかしたら錦君も来るかもよ。」

「なんで錦君が来んだよ。」

「なんでって…実ノ莉が嗾けたんじゃない!おかげで錦君と付き合うことになっちゃったじゃん!」

「付き合うことになったのは自分の発言の迂闊さだろ?あたしは発言の整合性を合わせただけ。何か間違ったことした?」

「気持ちの問題!まだ何にも心の準備ができてないのに、いきなりそんな状況になったら…。」

「桐生ちゃんって錦君の事嫌いだっけ?」

「それは…そんなことないけど…。」

「おやおや~?そんなことないけど~?」

「付き合うんだったら…もっとちゃんとお互い知ってから…、何回かデートとかして…良い雰囲気の中で…。」

「うわー、ロマンチストすぎだろそれー。」

「とtっつ、とにかく私のペースで告白したかったの!!それに、あの時怒ったのは勘違いされそうだったからであって別に錦君とか関係なく___」

「お疲れ様でーす。」

「…っ!!」

「お疲れー。」

「あ、実ノ莉ちゃんまたエロ本読んでる。いい加減にしないとお母さんにバラすよ!」

「…っち。」


 部室に美樹が来たことによって、参考資料の拝読を強制的に辞めさせられた。仕方ないので金庫の中に戻し、真面目に部活に取り組む事にする。…って言っても主要のメンバーは去年卒業しており、今年の部活見学の際は、OB/OGの先輩が勧誘していたようだった。元々イラスト制作に興味があったあたしは、真っ先に入部届を出し、そのお礼にこの金庫の事を伝授してもらったのだ。桐生ちゃんはそんなあたしについて来る形で入部、特にやりたい事もなかったようなので丁度良かったと言ってくれていた。美樹は…あたしが心配で入ったらしい。余計なお世話だっての。


「ヲタクなのは別にいいけど、エッチなのはイケないと思います!」

「なんで敬語なんだよ…。」

「それで…桐生ちゃんはなんで顔真っ赤なの?」

「真っ赤じゃない…!」

「あー美樹、今はそっとしておいてあげて。そのうち理由、話してくれると思うからさ。」

「あ、うん。風邪とかじゃなきゃ良いんだけど…?ホントに大丈夫?」

「大丈夫だから…。」


 美樹はこういう所がパパにそっくりだからなぁ。ちょっとだけ空気が読めないというか、わりと私的感情にズカズカと入り込んでくるというか。


「そういえば、さっき入部希望者っぽい人が部室棟の廊下でウロウロしてたんだけれど…。」

「え?マジで?どこにいるんだその人!」

「今廊下って言ってなかった?」

「うーん、待ってればそのうち来るんじゃないかなぁ。」

「待ってられるか!絶対そいつ入部させてやる!」

「実ノ莉ちゃん!…行っちゃった。」


 そう、待ってなんかいられない。


 今年の12月終わりまでに新入部員を6人集めなければ、この部は廃部になってしまう。せっかく見つけた将来への第一歩。この部屋を託してくれたOB/OGの先輩方がまた遊びに来てくれるように、あたしはここを守らねばならない。


「…あ、錦君。」

「伊佐坂さん、どうしたのそんなに焦った様子で?」

「いやその…この辺りでアニ研の入部希望者が居るって聞いて…。それとなくそれっぽい人見なかった?」

「え…伊佐坂さんってアニ研と何か関係があるの?」

「あるも何も、あたしアニ研の部長だし。」

「え!?伊佐坂さん部長なの!?まだ一年生でしょ?」

「そうだし…なんで?」

「だって伊佐坂さん学校一の最強番長を倒したって人だから、てっきりそっちの系の運動部に入ってるのかと思って…。それに伊佐坂さんって割とマイペースでめんどくさがり屋なイメージもあったからさ。」

「失礼な。あたしはやるときはやる女だし。」

「あ、ごめん。」

「まぁそんなことはいいとして、入部希望者の話なんだけど…。」

「あ…多分それ、僕の事かも…。」

「…りありー?」

「あ、うん。」

「…えーっと、証拠は?」

「証拠って…これしかないけど。」


 錦君が鞄から取り出したのは、紛れもなく入部希望の用紙だった。


「…あはぁ~ん。」

「え、なんでにやにやしてるの。怖いんだけど。」

「いやぁ~よく決断してくれたね錦君。ようこそアニ研へ。ささ、こちらで御座いやすよ旦那様。」

「えぇ…。」


 あたしはにやにやが止まらない。だってさ、錦君がアニ研に入ってくれるってことはそういう事でしょ?つまりそういうことになって、そうなる訳じゃん?


 妄想を膨らませながら錦君を部室へ案内していき、扉を開けて彼女の名前を呼んだ。


「おーい桐生ちゃん。入部希望者がきたよ~。部の案内してあげて~。」

「あ、うん。わかった…、…!?」

「ききき桐生さん!?」

「ん゛ん゛ん゛ん゛……!!!」

「どうしたの桐生ちゃん?」


 駄目だ、にやにやしてしまう。誰に似たんだか、あたしはこういう場面が大好物だ。良いおかずをありがとう錦君。まぁさっきの今だから仕方ないよな?熱が冷めきる前に食べなくては美味しさが半減してしまう…って痛っ。 


「もう、また桐生ちゃんいじめて…。」

「いじめてないし。偶然だし。」

「じゃぁそのニヤニヤ顔は何?」

「まぁ色々あったからな、なぁ錦君?」

「え、あ、あぁ。」

「桐生ちゃんなんか調子悪いみたいだから、私が代わりに案内するね。私は副部長の伊佐坂美樹。こっちが部長の伊佐坂実ノ莉ちゃん。あっちが部員の桐生グレースちゃん。今はこの三人がアニ研のメンバーだよ。あなたの名前も教えて?一年生だよね?」

「あ、うん。僕は錦龍一りゅういちです。何となく察してると思うけど、伊佐坂さん、あっ…えっと…。」

「実ノ莉ちゃん?」

「はい、とは同じクラスで、桐生さんとはその…今日付き合えることになりました…。」

「言わなくてもいいのに!!」

「あぁごめん桐生さん!!」

「あ…だから今日は何か変な感じだったのね…ちょと実ノ莉ちゃんいい加減ニヤニヤ止めなさい!」

「え、あ、うん。つい。…とまぁあれだ、錦君が入ってくれるならアニ研は大歓迎!まだ活動内容とか方針は決めかねてるけど、貴重な男子の意見が聞けるのはありがたいし。改めてようこそ、アニメ文化研究部へ!」


 こうしてウマウマな所を観察できるようになったし、部員も一人増えて本当に良かった。しかし、アニ研が抱えている問題はまだまだある。部員数もまだ満たしていないし、みんなが一体何をやっていきたいのかも不明だ。それぞれのやりたい事がクロスオーバできれば最高なのだが、そう上手くいくのかも不安だ。けれど今は頑張って活動を進めていくしかない。



::::::::::::::::::::::::::::::::::::::



 魔力適性検査結果。


 伊佐坂実ノ莉 いささかみのり


 熱  △ 適正 E- 世界平均22.1%

 液  -  適正なし 世界平均17.9%

 風  -  適正なし 世界平均31.8%

 金  -  適正なし 世界平均20.3%

 閃  -  適正なし 世界平均7.8%

 闇  ◎ 適正 B+ 世界平均0.0%



 貴女は非常に稀有な適性の持ち主です。その力は未だ全てを解明されておらず、これからの将来において不安になる事もあるかもしれません。力に対して自分自身で何とかしようとせず、親や先生などに相談しましょう。また貴女は魔法使いの素養の持ち主ですが、魔導士としての訓練も積んだ方が良いでしょう。感覚的に魔法が扱えるかと思いますが、慢心せず己の力を理解する努力を欠かさないようにしてください。


 …寮の共用リビングで、今日の帰りにもらった用紙を観察していた。あたしには魔法の適性がある。こんな役にも立たない無駄な力が。人を傷つける事しかできないような最低な力が。その力は未だ全てを解明されておらず?魔法が確認されてから20年以上経ってるんだろ。ふざけるな世界。だからあたしは魔法が嫌いだ。こんな力、あたしは要らない。求めてない。神が居るのならば、今すぐこの世界から魔法を消し去ってほしいくらいだ。


 …まぁ無理なんだろうけど。あたしのクソでかい胸と一緒で、持っていないと分からない、理解されない苦しみがあるんだ。別に理解されたいわけでもないけど、なくていいと思えるものだったら、そりゃぁない方が人生幸せだし。


「…はぁ…。」

「どうしたのため息なんかついて?」

「…っち。」

「あ、また舌打ちした。駄目なんだよ実ノ莉ちゃん、イライラしてるとすぐ老けちゃうんだよ?」

「あっそ。」

「もー、なんでいつもそうなのかなぁ。」

「美樹じゃなかったらこうならないし。」

「ふふ、そっか。私は実ノ莉ちゃんにとって特別なんだね~。」

「…はあ?」

「だって、私の事意識してくれるからリアクション取ってくれるんでしょ?だから特別、ふふっ。」

「邪険にされて喜ぶなんて異常だよ美樹。」

「そうかなぁ?」

「なんで理解できねぇんだよこいつは…。」

「それで、ため息の原因はそれですかぁ?」

「あ?あぁ…うん、まぁ。」

「見てもいい?」

「お好きにどうぞ。」


 別に隠す必要もないし、元々パパから聞かされてたし、闇魔法の適性者が0.0%だとしても特別驚かなかった。…ママも特別な闇魔法の使い手だと知った時は、少し複雑な気持ちにはなったけれど。


「…なんでこんな検査するんだろうな。世界規模で魔法を管理して何になるってんだよ。そう思わない?」

「う~ん、私は別に…。」

「魔法が使えない感覚って…どんな気分なんだろうな。」


 手を掲げ、何となく己の魔法を意識してみる。すると、手の平と甲に幾何学模様が現れ、この血肉には魔力が宿っていることがはっきりわかる。…本当に嫌になる。


「あ、実ノ莉ちゃん熱の適性もあるんだ!」

「なんか出てたみたい。…かと言ってE-だから使えないに等しいけどな。」

「うれしいなぁ、私も熱適性C+だからお揃いだね!」

「…っち。」

「なんで嫌そうなの?」

「美樹と血の繋がりを感じて少し気分悪くなっただけ。」

「えぇー!うれしいじゃん!半分でもちゃんと姉妹なんだよって証明できるじゃんね!」

「あたしは美樹の妹なんかじゃ…!」


 言いかけて、あたしは踏みとどまった。例え嫌いな姉もどきだとしても、家族であることには変わりない。人を傷つけることは…あたしはしたくないのだ。自分が傷つく事は仕方ないかもしれない、だが無作為に人を傷つける事はあたしのポリシーに反する。


「…すまん。今の無し。」

「?」


 …美樹がアホで助かった。普通の常人であればあの時点で理解するだろうが、美樹はこういう所が鈍感である。お節介で世話焼き、しかし思慮不足で単純脳。勉強ができない訳でもないが、教えるのは糞ほど下手。今のはどうでもいい情報か。


「あ、そうだ。」

「…何?」

「久しぶりに一緒にお風呂入らない?」

「なんで。」

「もうすぐ女子番の時間でしょ?久しぶりに洗いっこしたいなぁって思ったの!」

「いやまぁ…別にいいけど…、乳首触るのだけは無しな。」

「え?なんで?胸も洗わないと。」

「胸と股は自分でやるから…!背中と腕だけな!」

「わーい!実ノ莉ちゃんと洗いっこ~。」

「あたしらもう高校生なんだし、そんな餓鬼みたいにはしゃぐなし…ん?鬼だから餓鬼で合ってるのか?」

「そうと決まれば準備準備!後で合流ねっ!」

「はぁ…はいはい。」


 もう21時前だ。廊下の方から他の女子組の声も聞こえてくる。美樹と違ってあたしは他の女子と積極的に関わり合いを持っていない。そういった所では美樹を尊敬する。…この寮にヲタク女子はあたししかいなし、桐生ちゃんも一人暮らししてるしな。孤立するのは仕方ない。…うん、…仕方ない事なんだ。…、こんな力が宿ってなければ、きっともう少しだけ普通でいられたんだろうな…。


 




 …明日も学校だし、今日は風呂入ってアニメ見て寝落ちしよう。







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