犯された淫魔と家路に着く
実体化し、ガン泣きする淫魔の姿は幼い。
俺のへそあたりの身長しかなく、腰まで伸びた長い銀髪と、黒い尻尾が特徴的な少女だ。
淫魔らしく、人を狂わすような美貌を兼ね揃えてはいるが、涙や鼻水のせいでその美貌は台無しになっている。
「ああ……お前、どうする? 俺は帰るけど、お前は自分の住処に帰れるのか?」
勇者の死体を背負い、そう問いかけると、俺の言葉を聞いた淫魔が絶望的な表情を浮かべている。
「実体化したから、もう戻れないとかじゃないだろうな?」
無言のまま俯く淫魔。
悪魔は現実ではない何処かから現れると聞く。その何処かには、実体があると入れないということだろうか。
「まあ、なんだ……とりあえずついて来いよ? その尻尾さえ隠せば、見た目は人間なんだからバレはしないだろうし」
勇者の死によって訪れた静寂の中、淫魔の手を引いて歩き出す。
勇者が死んだことで、魔王討伐の旅も終わりを告げたのだ。そして、人類の滅亡は確定したと言える。
人類滅亡の引き金を引いた少女の手を引いて歩くなんて複雑な気持ちになるが、ガン泣きしている少女を放置するのも心が痛む。
「はぁ……」
ため息を吐きながら家路に着く。
少女の手に、勇者しか持つことが出来ないはずの、聖剣が握られていることに気付かぬまま……。
☆
魔王は人類を滅ぼそうと躍起になっており、その魔王はダメージを与えられる者すらいないほど強大だった。
このままでは人類は滅亡する――そんな時に、何処にでもいる村人だったリット……後の勇者の前に顕現したのは女神様だった。
人類を救うべく、女神様に見出された我が親友であるリット。
そんなリットは女神様の言葉を聞きながら震えていた。
武者震いなんて格好の良いものではない。
突然背負わされた重すぎる期待と、過酷な戦いの日々を想像し、怖気付いていたのだ。
隣で聞いていた俺は、震えるリットの手を取った。
震えが収まる事は無い。だが、少しだけマシになった。
戦いの旅で、素人の俺に出来る事があるのかなんてわからない。それでも、リットが少しでも安心出来るなら側で支えよう。
そう決意したあの日の俺に、旅の結末を話したら鼻で笑って聞き流すだろう。
まさか勇者の旅が、勇者本人の腹上死で幕を閉じるなんて。
ああ……これからどうしよう……。
「どこに行くの?」
「そう、だな……とりあえず、拠点に戻る。仲間にリットの死を伝えないとな……」
勇者の旅の同行者は俺以外にもう一人いる。
まるで神話に登場する聖女の生まれ変わりとまで言われるほどの、神聖魔術に長けた少女だ。
ふらふらとした足取りで、それでも人目につかないように気を配りながら拠点へと戻る。
「……どういう状況なのかしら?」
豊満な胸に、絶世の美貌。
誰もが羨むような容姿を持った少女が、今は険しい表情を浮かべている。
「死んだ……腹上死で」
「そ、そう。なんて言ったらいいのかしら……幸せそうな顔をしているわね……」
親友の死をいまいち悲しめないのは、聖女アリアも指摘した勇者リットの表情のせいだ。
なんて良い顔して逝ってやがる。子供の時以来、見なかった顔だぞ。
「なぁ、アリア。俺はどうすれば良いんだよ……リットは死んだ。もう魔王は倒せない。絶望的な状況だってのに、リットの顔を見てたら気が抜ける」
何を、我が生涯に悔いはないみたいな顔してんだよ、こいつ。
「……そ、そうね。とりあえずは」
アリアは淫魔を指差す。
「お風呂に入ったらどうかしら? その……臭いわ」
「確かにクッセェなぁ」
淫魔は泣きながら風呂へと走った。
被害者だというのに酷いことをしたなと、アリアと顔を見合わせて反省した。
今後の話をするために、部屋の中へ入り椅子に座る。アリアは俺の正面に座るものだと思っていたが、肩が当たるほど近くにわざわざ椅子を運んで座った。
「お、おい、近いな」
「別に良いじゃない」
「まぁ、良いけどな……。それより、これからどうする? 俺としては玉砕覚悟で魔王城に突っ込んでやろうかと思っているが」
ただの自殺だという事はわかっている。
それでも、迫り来る死を黙って待つよりはマシだと思った。
「あなた……馬鹿じゃないの? なんで私が胸を当てているかわかってる?」
そう言ってアリアは、俺の腕を抱き締めるように腕を絡ませた。
「え、いや……なんで?」
柔らかい感触が伝わる。
この柔らかさは、恐らくアリアの大きな双丘だろう。
「逃げるのよ。そして、私達が新天地でアダムとイヴになる。その予行演習よ」
「え……? 他の人類は?」
「切り捨てなさい。時には犠牲も必要だわ」
「さいっこうにクズいなお前」
「それが最適解よ」
アリアの最適解は最低だった。
それでも自信満々に胸を張るアリアを見て、肩の荷が下りるように感じた。
「悪かったな、アリア。慣れない冗談まで言わせて……おかげで少し楽になった。ありがとう」
「…………え? ま、まぁ、良いわ。感謝しなさいよね!」
照れたようにそっぽを向くアリア。
妙な間があったが、おそらくは気のせいだろう。
「まぁ、でも、逃げるのは無しだな。リットの戦いを俺は無駄にしたくない」
「ええぇぇ……」
アリアが顔を歪ませたその時、扉が勢いよく開いた。
淫魔が戻ってきたのだ。
「へ、変な紋章がおへその上にあるの!」
「……は?」
淫魔の言葉に、思わず呆けた声が出てしまう。淫魔が指差した紋章は、見覚えがあるものだったからだ。
「……どう思う?」
「……勇者の紋章ね」
勇者に選ばれた者の印が、淫魔のおへその上に刻まれていた。
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