蒼き海の鋼鉄艦(シルバーシップ)

黒川宮音

プロローグ 運命と必然

2085年の横浜。


私はこの横浜が好きだ。


10年前に家を出てからこの景色もさほど変わっていない。


変わったところがあるとすれば、此処に大きな基地が新設されたということくらいだろうか。


今から5年ほど前、ここに元々あった旧:小城原こじょうばら基地は前回の戦いで大きな損害を被りその役目を終えた。


幾度とない増設と費用が水の泡になってしまったのは申し分ないが..


「はぁ..はぁ..」


「このランニングコースは相変わらずだな..」


海沿いのランニングコースは10年前と全く変わってない。


横浜の街もあと数年すれば昔の姿を取り戻すだろう。



未確認生命体みかくにんせいめいたい


日本で相次いで目撃され、我々を襲ってくる謎の生命体。


姿形にはばらつきがあり、人の形をしているものもいるとか。


私も数年前に一度見たことがあるが、そいつはとてつもなく大きかった。


少し走ったあと、ベンチに腰を下ろし休憩していると.


携帯型端末デバイスに着信が入った。


秘匿回線による通信だった。


今どき秘匿回線使うやつなんて......いな..


「まさか.....」


「もしもし?」


恐る恐る電話に出る。


「さ.....た...さですか?こ...ちら@::.@:5677つうしん班の...」


「ノイズがひどすぎる、何を言っているのかよく聞こえないぞ?」


ノイズによって途切れ途切れだったがこちらに呼びかけているようだった。


「そ....急.....くださ...場所は.....尾上基地おがみきち.....第八駐屯だいはちちゅうとん.....」


「切れた...」


それだけを言い残し、通信が切れた。


尾上基地?


尾上って確か、前線ぜんせん観測基地かんそくきちだったはず。


この横浜から沖縄まで行けっていうのか...


冗談だろう....笑


しかし、あながち冗談でもないかもしれない。


前回も沖縄の尾上基地でX(未確認生命体)の襲来しゅうらいが確認されたからだ。


「仕方ない、帰省はこれで終日しゅうじつだな」


「おや、雪や」


「もう帰るのかい?」


一度家へと戻り身支度みじたくを整えることにした。


なにせ、ランニング中だったからな。


この格好で基地に行くのは論外だ。


「ごめんね、おばあちゃん,これから出ないといけなくなった」


「当分帰れそうにないから、一段落したらお墓参りしに帰ってくるよ」


祖母にそう伝え、私は空港へと向かった。


「次の方!」


空港の受付にて.


「すまない、まだ休暇中なのだが,急ぎで那覇に飛ばないといけなくなった」


「乗ってきたはもう整備できているか?」


あれとは、航空自衛隊主力兵器のあれのことである。


ですね、もう整備は完了して第5格納庫にありますよ」


「私が案内します」


空港の管理室から20代後半の男性が出てきた。


エントランス横のスタッフ通路を抜け、滑走路へと続く扉を開けた。


「でも、どうして今日なんですか?」


「あぁ、つい1時間ほど前に尾上基地から連絡があってな」


「あぁ、あそこは前線の観測基地ですからね」


普通の空港にがある事自体普通ではないと思うかもしれないが...


実を言うとここは、政府管轄の航空基地の一つになるのだ。


一般の空港はここから10分ほど歩いた別の建物になる。


そして、この空港に出入りできるのは政府関係者及び自衛隊の2等佐官*以降のみ。


*自衛隊の幹部に当たる階級


現在、私は長期休暇で実家のある横浜に戻っていたのだ。


「風向きが厳しくても飛ばれると思いますが、くれぐれも注意してくださいね」


「整備したばかりですので」


私は重力飛行式グラビティ 戦闘機ファイター|に乗り込んだ。


「グッドラック!」


案内してくれた2等陸佐が親指を立てる。


とてつもない轟音とともにGF25(グラビティ・ファイターの略称)の機体が空へと飛び立った。


「相変わらずな人だな」


「まぁ、それがあの人のいいとこなんだけど」



横浜から沖縄の尾上基地までは約25分ほどで到着する。


今のうちに無線連絡やっておくか。


「こちら、航空自衛隊 第七航空分隊所属だいななこうくうぶんたいしょぞく 坂本さかもと ゆき 1佐だ」


「タワー、聞こえていたらクリアランスどうぞ」


しばらく無音が続いたあと、ヘッドホンから声が聞こえてきた。


「こちら、管制塔タワー。貴官の管制を許可する」


「随分と早い休暇だな」


見慣れた声が聞こえてくる。


「その声は正辻まさつじ空尉ですか?」


「今は那覇にいるはずじゃ?」


「それだよ、その驚いた声が聞きたくてわざわざ来たんだ」


正辻まさつじ 慶太けいた 階級は2等空尉


昔、同じ教育団*で訓練をともにした仲間の一人だ。


*自衛隊の新入隊員などに対し教育を行う隊


「お前さんも尾上に向かうんだろう?」


「はい、1時間ほど前に尾上から通信があったんですよ」


「ノイズがひどくてうまく聞き取れない部分もありましたけど」


そうしている内に分駐基地に着いた。


「これよりディセンド*する」*降下


「アライバルまで3...2...1..」


「現着時刻:10 00《ヒトマルマルマル》 」


私が戦闘機から降りると、先程まで管制室にいたであろう正辻まさつじ2尉がこちらに歩いてきた。


「どうだ、沖縄は?横浜と違って暑苦しいだろう?」


「えぇ、半袖1枚で過ごしたい気分です」


あっははと笑われた。


別に笑いを取るつもりはなかったんだけどな。


「どうせ、ここまで来るのに燃料ほとんど使い切ったんだろう?」


「横浜からぶっ飛ばして」


正辻まさつじ2尉は何でもお見通しだ。


今は那覇で航空分隊の教官をしているという話だったが。


「えぇ、尾上まではすぐなんで重力エンジンの給油がてら沖縄を見て回ろうかと」


「そういえば、まだ休暇中だったな!」


書類上はまだ休暇中である。


残りの休暇を沖縄で過ごすのは嬉しい反面、横浜が恋しく感じる。


「まぁ、ゆっくりしていくといい」


「そうさせてもらいます」


私は更衣室で私服に着替えたあと、沖縄を1時間ほど散策した。


これから基地に戻ろうとした時だった....


またデバイスに着信が入った。


今度は正辻まさつじ2尉からの連絡だった。


ーーーーーーーー

坂本 雪 1佐へ

ーーーーーーーー


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尾上の観測基地がXによって蒸発した。


死者は最低でも1000人出たそうだ。


今回の件が今後のXの動きに関係してくるかはまだ不明だ。


お前も気を引き締めろ。



|追記|


お前の尾上からの通信について聞きたいことがある。




このような内容だった。


尾上の基地が蒸発?


では、あの通信はそれを知らせるため?


どうして、参謀本部ではなく私に直接連絡したのだろうか。



いろいろな疑問が浮かぶ中、私はいち早く基地へと戻った。



「おぉ、戻ったか。」


基地へ戻ると隊員内で会議が行われていた。


「この会議は3尉以上の幹部自衛官が来る予定になっている」


「お前が聞いた尾上の通信について詳しく話してくれないか?」


そう言われ、私は椅子に座って待っていた。



「幕僚長!」


「今回のことについて上で話し合いが行われた。」


会議に来たのは空自の青木あおき 美沙子みさこ 幕僚長だった。


青木幕僚長は日本で二人目の女性幕僚長だ。


幕僚長が来るということは今回の件は非常に深刻なのだろう。


「防衛出動が発出されることになりそうだ」


「しかし、君たちには一滴の血も流してほしくはない」


それはそうだろう。


未知の敵を相手に命を売ってくれと同じようなことだ。


「君たちの中に、海上業務の経験のある者はいるだろうか?」


「もしいれば、この後ここに残ってほしい」


「とあることについて話したい」


私も一応、空自の前は海自で仕事をしていたのだが。


その時は2等海曹でまだ新人の頃だった。


そして、会議が終わった後に数名の隊員のみがその場に残った。


その中には正辻まさつじ2尉の姿もあった。


「君たちにある話を聞いてもらいたい」


「まずはこれを見て欲しい」


そう言い、幕僚長がスライドに映し出したのは一隻の艦船だった。


「これは今から50年ほど前にEEZ近郊きんこうで海保が見つけた不審船だ」


「船内に乗組員はおらず、中国や朝鮮の秘密船と思われたが....」


2枚目のスライドを映す。


「当時の技術力でこれを作るのは不可能だ」


「その線はすぐに消えた」


船内の画像には、まるで宇宙船を思わせる見たことのない装置が至る所に付けられていた。


「我々はこの船を極秘に回収し解析・調査を行った」


「そして、一つの結論を導き出した」


その場の隊員すべてが息を飲んだ。


「Xによって作られた船ではないかと」


「それから、核プラントのような装置も見つけた」


画像には丸い核のような物体が写っていた。


「そして、そこから10年の歳月をかけて地対空特殊護衛艦:うずしおを開発した」


「まぁ、試作段階で終わったのだが....」


スライドの雰囲気がガラリと変わり、TOP SEACLET と記されている。


「ここからは極秘情報になる」


「命を賭けるのが嫌な者はこの部屋から出てくれて構わない」


しかし、誰も部屋を出ようとしなかった。


「全員覚悟があるということで構わないな」


「君たちにはこれから、海自の特別乗員とくべつじょういんになってもらいたい」


スライドが移り変わる。


「さっき、試作段階で開発が終わったと言ったが...」


「それは40年前の話に過ぎない」


40年前の技術力なら?


では今の発達した技術力なら開発は容易い《たやすい》。


GF(グラビティ・ファイター)の重力エンジンも元をたどればXの残骸から開発したものだ。


「日本政府は約5年前から極秘に、ある護衛艦の開発を進めていた」


「それがこれだ」


具現投射ホログラムで表示された船。


それはまるで50年前に発見された不審船のよう。


「名付けて、洋上警備特殊護衛艦マテリアルシップ


「君たちにはその1番艦を任せたい」


突然のことで能の処理が追いついていない。


私達が航海員?


それも普通の護衛艦とは全くの別物を....


「どうだ?やってくれるか?」


「俺はやります!」


間髪入れず答えたのは正辻まさつじ2尉だった。


「俺、本当は隊員の教育が終わったら退官するつもりでした」


「今のを見て、俺にもまだできることがあるんだと痛感しました」


「この国の役に立てて死ねるならそれが本望に変わりありません」


正辻まさつじ2尉が退官するつもりだったなんて....


全くそんな素振りは感じられなかった。


彼に続いてその場にいる全員が同意した。



会議終了後..



「坂本 1佐、君は少し残ってくれないか?」


「了解です」


幕僚長は窓から外を眺めている。


「君はお父さんによく似ている」


「父のことを知っているんですか?」


5年前、私の父は横浜で戦死した。


突然の訃報だった。


あのときはまだ、海自で海曹をしている時だった。


父のかっこいい背中に憧れて自衛隊に入隊したんだ。


けれど、父の背中は無惨に散っていった。


「そういえば、君は将補への推薦がまだ保留になっていたね」


「お父さんは素晴らしい自衛官だった」


思い出した。


青木幕僚長は父の写真に写っていた女性によく似ている。


「多分、君が考えていることは正解だ」


「私は一度だけ坂本 空将*と食事をしたことがあってね」


*幕僚長の一つ下の階級


父は私を生んで早くに亡くなった母のことをいつも悔やんでいた。


自分は国を守る以前に妻を守れない男だと。


「そのときに1枚だけ写真撮ったんだ」


「今思えば、それが最後に見た坂本 空将....いや、坂本さんの姿になったのかもしれない」


私は会議室を後にした。


青木幕僚長が部屋で一人、涙を流していたのは誰も知らない。


                    

         

                       次話:「出航準備」






































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