凛子と玲奈とテリブルと人工精霊研究所編の終わり

 ガシャン、ガシャンとそれは人がやってくるにしては明確におかしな音が響く。想像通りであれば突き当たりの壁から壊れたロボットでもやってきそうな音と共に、小悪魔少女、年長のテリブルが顔を覗かせた。

 

「みぃーつけた」

 

 テリブルの出現に合わせて、凛子と玲奈は呪力を込めた札を放つ。

 

「火炎札!」

「氷結札!」

 

 凛子の札術は目眩し程度にしかならないが、一瞬テリブルが目を瞑った時、玲奈の術が発動した。テリブルの足元が凍りつく。そしてそのまま身動きが取れなくなったところで、

 

「ちゃんヒナ、ウチの水竜王意外で最強最大の術式練るから! 下がってて」

「う、うん」

 

 凛子の知る玲奈は術者としての才能に恵まれ、そして魔王様以外であれば負けるハズがないとすら思っていたが、目の前のテリブルは身体中から蒸気のようなものをふき出して、術式で作った氷を力で無理矢理破壊して突破した。

 

「今の不意打ち、ペインちゃんやヘイトなら致命的だったかもしれないけど、私にはあまり意味がないわねぇ! お返しに、これあげるわ」

 

 袖の中に入っているのはガトリングガン。

 

 ギュインと重そうな音と共に周り、それは単純に生物を破壊し殺す金属の弾丸を放ってきた。

 

「チッ、水の壁よ! 全てを打ち止めよ! オーン!」

 

 分厚い呪力で作られた水の壁の中に数百の弾丸が叩き込まれる。このテリブルという少女、彼女は怪異というよりは……

 

「サイボーグじゃんか」

「そうとも言うわね。でも私は歴とした人工精霊研究所No.2の実力者。恐怖のテリブル。某国の科学者が作った現代のプロメテウスと融合した存在よ。見てごらんなさい。頭のネジ」

 

 凛子と玲奈はテリブルが自分の眉間のあたりを指さすのでそこを凝視すると、ネジが頭に埋め込まれている。それがゆっくりと回転し中に入る。

 

「あぁあああああああ! 私はこの研究所最強の人工精霊ラースを生み出す過程で実験素体としてドクターに身体をいじられたの」

「頭おかしいじゃん。そのドクター」

「いいえ、そうでもないわ。ドクターは見捨てられた私たちを実験動物にするというかわりに、こんな素敵な力をくれたんだから、さぁいらっしゃい。解体してあげるわ」

 

 テリブルの手首が回転。ドリルのようなその手で襲いかかってくる。一発でも受ければ致命傷。今までどんな怪異を前にしても引かなかった玲奈の足がすくむ。

 

「くっ……式神召喚。水狼!」

「無駄無駄無駄ぁああ!」

 

 ばすんと、召喚した瞬間テリブルに水狼は撃ち抜かれる。そして続いて玲奈に狙いを定めテリブルは突進。玲奈もあらゆる鍛錬を磨いてきた。人間とは逸脱した怪異達を相手にする為に、途方もない体術の反応で強化合金の錫杖を持ってテリブルの当たれば終わる手刀を受け流したかに思えた。

 

「しまった……」

 

 自然に漏れた玲奈の言葉、そしてそれはテリブルを喜ばせるには十分すぎる程の敗北を意味していた。テリブルの狙いは……


「ちゃんヒノ、逃げてぇ」

 

 そう、凛子を最初から狙っていたのだ。戦闘は弱い者から順に潰していくというセオリー。当然、玲奈だって分かっていた事。だから凛子を連れてくるのは間違っていた……

 

 と思う玲奈、そして一人殺ったと思うテリブル。

 の考えは根本的に間違っていた。

 

「……は?」

 

 テリブルの攻撃を、凛子はドヒューンと凄まじい速度で回避したのだ。それ以上でもそれ以下でもないテリブルの言葉。そして凛子の事をよく知っている玲奈からsれば意味不明すぎる人外の動き。

 

「テケテケさん、助かったよぉ」

 

 そして凛子が禍々しい怪異の上に乗って回避していたと言う事がすぐに分かる。学生たちをその瞬足で追いかけ恐怖させてきたテケテケを回避方法として凛子は使った。そして凛子はお札を取り出すと、

 

「あの、テリブルさん。もうやめませんか? 何が目的か分かりませんけど、魔王様もちゃんと話をすれば協力はしてくれると思いますよ?」

 

 こんな相手に交渉なんて無理だ。と玲奈は思い、その考えは当然正しい。テリブルは狂気的に笑う。頭の中がお花畑なのかと、

 

「今の状況で貴女達にできる事は交渉じゃなくて、命乞いじゃないかしらぁ? それに貴女達が狂ったように信仰する魔王様。きっと今頃、この人工精霊研究所最強。憤怒のラースの前に形すら保っていないと思うわぁ!」

 

 凛子を恐怖させ、絶望させる言葉。全ての希望を挫き、そして蹂躙する。今までのテリブルはこれを怪異にやってのけた。圧倒的すぎる自分ですら足元に及ばないラースという最強人工精霊がまだ奥に控えているという事。

 凛子の表情が歪み、心が折れるのを楽しもうと思っていたが、テリブルの予想に反して凛子の反応は、

 

「それはないですよ。だって魔王様ですよ?」

「は?」

 

 人間ってこんなに馬鹿だったっけ? と疑問すら浮かんでくる。そこまで妄信的になれる魔王様。一瞬の洗脳かとか色々考えたが、テリブルはもう考えるのが面倒臭くなっていた。さっさと叩き潰して次に行こうと、このやりとりは玲奈が術式を組み上げる時間稼ぎにも実はなっていた。とうの凛子は全然そんな事は知り得ない事だが、魔王様には全く効かなかったが、玲奈の扱う術の中でも最強クラス。

 

「妖滅局所結界! 始の型・圧界」

「!!!!!」

 

 テリブルの隙をついて空間制圧に成功した。あらゆる方面からテリブルを縛り上げる結界術。とはいえ、それをテリブルは全身に仕込んである駆動パーツを駆使して無理矢理こじ開けようとしている。

 

「……やばいかも! でもテリブルの動き止めれるし、あとは精神力と精神力勝負じゃん?」

 

 魔王様には全く通用しなかったこの術、テリブルには通用する。そして捕らえてしまえばあとは……

 

「マ?」

 

 なんの脈略もなく、玲奈の術が解除された。体の部品を相当酷使したのだろう。テリブルの体からは湯気が立っている。玲奈の霊能力も切れかけ、これは詰みに近い。

 

「はぁ、まさかドクターに渡されていたこれを使う時が来るとは思わなかったわ」

「何それ?」

 

 強がりながら玲奈はテリブルが見せる懐中時計のような機械に目をやる。その質問を嬉しそうにテリブルは答えた。

 

「超心理学無効化装置。バニッシュ。貴女達の霊能力。欧米諸国の教会では神の御力。西洋魔術、そして妖怪の妖力。そんな物を科学的に解明して無効化させる私たちのぉ、切り札ぁ! 楽しいわよ。何もできなくなった怪異を嬲り殺すの」

「あんた、マジもんのゲスじゃん」

「ふふっ、そうね。私はこんな身体になったことを怪異達に八つ当たりしてるんだからぁ。人間相手は初めてよぉ」


 もう出し惜しみできる相手じゃない。玲奈は自分の中にいる最強式神を呼ぶしかもうこのテリブルを倒す事は不可能だと悟った。

 

「暴風雨の申し子……」

 

 出したあと、魔王様がいない状態だと破壊の限りを尽くし、どうなるか分からない。それでも覚悟しなければと思った時、

 

「美しい少女に涙は似合わない」

「えっ?」

 

 スラリとした長身の男性が突如として現れた。というか、この長身の男性は人間じゃなくて怪異。

 

「スレンダーマンじゃん」

「お久しぶりです」

 

 そう、女性向けアプリゲームで現在絶大な人気を誇り、姿形もアプリゲームの容姿を持ったイケメン都市伝説スレンダーマン。凛子がお札を持っているという事は召喚したのだろう。玲奈は少し、いやかなり凛子をみくびっていた。能天気にここについてきたわけじゃなく、今まで魔王様が家来にした怪異を全員引き連れてきたのだ。

 

「ちゃんヒノ。教えといてよ……」

 

 座り込む玲奈に凛子はあわてて駆け寄る。「玲奈ちゃん大丈夫? あはは、玲奈ちゃん私より凄い術者だから気づいてたと思ってたよ。私、魔王様のおかげで式神だけは一杯助けてくれるんだよね」「なるー」

 

 玲奈はまた一つ自分が勉強不足だなと思い知らされた。まさか、怪異案件で凛子に助けてもらう日が来るなんて考えていなかった。それだけ凛子をみくびっていた。あらゆることを考えて対処するハズの妖滅士としては致命的な欠点。

 

「まだまだ修行不足だなぁ、ウチ」

 

 そんな風に和んでいる二人に怒りを露わにしているのはテリブル。

 

「一匹怪異が増えた程度でぇ、状況は変わらないわよぉ!」

 

 それが、変わるんだよなぁと思う玲奈と凛子。テリブルの攻撃をスレンダーマンが受けても瞬時に再生。

 

「美女の貴女に剣は相応しくない」

「はぁあああ? なんなのよこの怪異。ならバニッシュで!」


 スレンダーマンに懐中時計のような無効化装置を向けるが、それもなんの反応もしない。意味不明な事態にテリブルは困惑、果ては恐怖する。

 

「一体、何をしたの? どうなってるのよぉぉおおお!」

「テリブルさん、スレンダーマンさんはいま、大人気で都市伝説としての知名度も最高潮なんですよ。それに加えて魔王様の家来になったことでさらに力を増してます。人気の知名度が都市伝説の力なので、妖力とか霊力とか関係ない部分でスレンダーマンさん。ほぼ不死身なんです」

「は?」

 

 意味不明すぎる展開にテリブルの思考が止まる。さらにトドメと言わんばかりに第三者の介入が入った。それは大量の四角い箱を持った青年。

 

「ちわー、人工精霊研究所ってここっすか? ピザ10枚持ってきましたー! 40190円になります」

「は?」

 

 一体何が起きているのか……ヘイトとペインが食事を頼んだ? にしては多すぎる。そんなテリブルの戦意喪失させる行列がやってくる。

 

「わーい。ピザだー!」

「クハハハハ! ピザであるな」

「空汰はピザが好きなのか?」

 

 ゾロゾロとピザを受け取りに来る凛子の弟、魔王様。メリーさん。そしてパピコとアイ。それに人工精霊研究所のヘイトとペイン。さらにはお財布を持ったドクターが、

 

「あー、じゃあ4万円と2000円でお釣りお願いするね」

「あざっす! 710円のお返しと、こちらいまコーラサービスっす」

 

 ピザを持って行列が再び戻っていく中、テリブルは、恐る恐る。「ど、ドクター?」と尋ねてみると、

 

「おぉ、テリブル。全然戻らないからどうしたかと思っていたぞ! そちらは魔王くんのお連れ様かい? ささ、魔王くんがピザを食べたいと言うから思いっきり頼んだよ! 今日はパーティーだ!」

「ドクター! 人工精霊による界隈介入と制圧計画は?」

「あー、あれね。やめた。魔王くん見たらアホらしくなったよ。これからは人工精霊研究所は魔王くんの魔王軍に降ったから病院開業する事にしたよ。テリブル、手伝ってくれるね? 私と君くらいしか医師免許を持っていないからね」

「は、はぁ……」

「そうだそうだ! 凛子くん、ウチのヘイトがやけに君の弟くんの空汰くんを好いていてね。しばらく君の家にヘイトを下宿させてやってくれないかい? ヘイト、私の事も他の人工精霊の事も大嫌いだからね」

「あー、いいですよ! もう、いろんな人が住んでるので一人増えても問題ありません」

 

 こうして魔王様は人工精霊研究所という大きな技術と資金力を持った組織を従えるに至り、何げに世界の平和を救った事になる。

 わずか二日ばかりの長い夜は夜更かしをしてゲーム合宿として過ぎ去っていくのである。

 そんな凛子や魔王様の知らない時に、学校でとんでもないデスゲームが巻き起こる事を誰も知らない。

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